2024年4月7日日曜日

ラオスのサラサヤンマ探索記(3)(このブログはパソコンでご覧ください、文字化け行ずれが起こります)

 Sarasaechna minuta の発生地を発見する

 3月のラオスのトンボは周年発生の種類は別として、特に河川に生息するトンボは一部の異様に早く発生する種以外、まだほとんどが未発生です。ですから環境が素晴らしくとも何も居ません。フォンサバンでのサラサヤンマの生殖活動は源流域の渓流を中心に行われていると思われますが、どこが産卵場所になるか見当もつきません。♂が活動する時間帯に渓流内に降りて待ってはみましたが姿をみることはかないませんでした。トンボはタイワンカワトンボがいるだけで、他は何も居ませんでした。      
 私たちは数日後フォンサバンを離れ、東に50km のマンカム(バンバン)に移動しました。この町は北に位置するサムヌアへの分岐点となっていて、東はベトナムへと続いています。標高は600mほどで、高原のフォンサバンに比較してかなり暑く感じました。
                    
                     夕暮れのマンカムの街並み
                     
                     サムヌア方面への道

 このマンカム周辺でサラサヤンマを狙うこととしました。最後にここを訪れたのはもう15年も前の事となります。当時の断片的な記憶をたどり、目星を付けた山間の湿地を目指しました。目的地は山間に広がる大きな谷間で、多くの池沼や湿地が点在しています。特に山際の湿地は灌木がまばらに生えて、日陰も多くまさに本種の発生地にはピッタリです。

                     
                  環境の良い池と明るい湿地

 しかし、ここで散々粘ったのですが、サラサヤンマを見ることはできませんでした。日本や台湾なら居そうなんですが。しょうがないので、この地をあきらめて引き返し始めた時、谷間を流れる細い流れが目に入りました。周囲は水田と湿地になっていて、川のながれに沿って樹林が川を覆う様にうねうねと続いています。道から降りてゆくと、意外に樹林帯に奥行があって環境が良く、5月上旬にはいろいろな種類のトンボが見れるかもしれないと思っていたら、ラオスの友人がいきなり私を呼びました。彼は川を飛び越えて、樹林の林床の中に居ました。盛んに手招きしています。
                   
                     流れと林床

何かトンボがいるようです。「いいから採れ、採れ」というと、いきなり地面に網をかぶせました。何だ何だと駆けつけると手にしていたのは、予想だにしていなかったサラサヤンマの♀でした。アカトンボぐらいの大きさしかありません。林床の薄暗い陽の光の中で、サラサの♀は浅黄色の胸部と、そして鮮やかな黄色の斑紋の腹部といった今まで見たことのない妖しい美しさを纏っていました。その美しさに一同、声が出ませんでした。
                      
              サラサの♀が産卵飛翔する林床部(かなりぬかるんでいる)
                     
                  ♂が飛ぶ空き地、手前が流れ

 時間は12時前、こんなところが発生地だったとは。そのうちとしちゃんが♂を採ったと連絡が来ました。何処で採ったの!と。そこは流れの脇の上空が開いた小さな空き地でした。
 この空き地の先は芝のような草地が20×30mほどの広がっていて、牛が陽の光を浴びて草を食んでいました。何気なくタバコを吸いに明るい草地にでたところ、瞬時にサラサが目の前をホバリングしているのを見つけました。いやいや、これは小さい。すぐにどこに行ったか見失います。急いでM氏やとしちゃんを呼びました。いよいよM氏の本領発揮となるカメラの出番です。
                  
                     
                     
             Sarasaechna minuta ? 上2枚 T. Miyahata 撮影, 23/03/2024 

 現れたサラサヤンマはもちろん種名(後日 S. minuta に近い種とわかりました)など分からなかったのですが、やはりフォンサバンで見たのと同じくらい小さい。日本のサラサヤンマよりすばしっこく、ホバリングの時間は非常に短いように思いました。ファインダーに収めることが困難です。ただかなり長く飛翔しており、フォンサバンで見たようにすぐに止まることはしません。この個体はしばらく我々を楽しませてから飛び去りました。
 この直後、またラオスの友人が手招きしています。今度は何?そばに行くと、サラサが産卵しているようです。彼は流れの脇の蔓性植物や枝が覆いかぶさった薄暗い幅1.5m、高さ50cmほどのトンネル状になった藪を指さしています。良く見ると、ああ、いるいる。♀が産卵しています。地面には枯れ枝や、枯葉が一面に落ちていて地面が露出しているところは殆どありません。産卵管を突き刺してはちょっと飛んで、同じような行動を繰り返します。地面はややぬかるんでいますが、湿地という感じではありません。早速、M氏が駆け付けました。まさに氏のために用意された舞台に主演女優が登場したようなものです。
                      
                 赤丸内が産卵場所(流れから3m)

                 産卵個体にそーっと近づくM氏とラオスの友人
 
                   こんなにきれいなサラサの♀見たことある? S. minuta, T. Miyahata 撮影, 22/03/2024

 この産卵場所にはここを離れるまで計4回、♀が同じように産卵に訪れました。この♀はオスがすぐそばの開けた草地で縄張り飛翔することから、S. minuta ではないかと考えています。その後同じ場所で採集した♀は写真に示したような胸部が浅黄色ではなく、淡い黄色だったので、あるいは成熟すると浅黄色に変化するのかも知れません。
              採集した♀、目の色がやや未熟なので、若い個体だと思う

 産卵はいずれも昼前後から観察され、13:00頃が多かった印象があります。
 この生息地には実はもう1種いることが分かりました。フォンサバンで見た2種のうちBに当たるサラサヤンマです。このサラサヤンマはS.minuta が見られる場所では観察できず、さらに上流で見られました。何となく棲み分けしているのかな、とも思われます。フォンサバンの場合と同じく、流れに近い、ブッシュに囲まれた狭い空き地をホバリングを交え、せわしく飛び、すぐ植物にぶら下がって休息します。現れる時間は決まって昼前後から13:30ぐらいで、その前後は全く見ることができません。また日が射さないと出てきません。真昼ですからかなりの日射量となって私たちには暑く、厳しい条件となります。
 一度だけ多分この種類の♀だと思うのですが、林床を産卵箇所を探すようにホバリングを交えゆっくりと地表すれすれに飛ぶ姿を確認しましたが、慌てて動いたため、飛び去ってしましました。
                    
               流れから緩やかな斜面が空き地(Bの♂が飛ぶ)に続く

              ♀が産卵飛翔した斜面の状況、かなり湿った感じ。
 
 B のサラサヤンマがこの地にいて、それらしい♀(確証はありませんが)が S. minuta と同じような林床に産卵飛翔したことからやはり、今回発見したフォンサバンの AB は当初予想したとおり樹林に囲まれた渓流や、小河川あるいは細流に住み、その湿った林床に産卵するということに間違いないと思われます。また同時に、この3月には明るい開放的な湿地に住むようなサラサヤンマはこの地域にはいない可能性が高いと考えられました。
 以下にM氏が撮ったサラサヤンマを上げたいと思います。インドシナ半島産のサラサでこれほど鮮明に撮影されたものは無かったと思います。
                    
            フォンサバンのサラサヤンマ B?, T. Miyahata 撮影, 26/03/2024
                                                                               
                                                                      同
                        
                         同
                         
                  このサラサヤンマは良く止まる。地上10cmぐらいの高さ   































 

  
















2024年4月6日土曜日

ラオスのサラサヤンマ探索記(2)

  フォンサバン産のサラサは2種あるか?
 前のページでも触れたように、同一生息地で得られたサラサヤンマは何となく2種混じっているような気がしてなりません。はたしてどうか?帰国してから詳細に見てみることにしました。
 帰国後のバタバタがひとまず区切りがついたので、まず尾部付属器を見てみました。今回得られたサラサヤンマの上付属器は明らかに形状が異なり、Aは細長いのに対してBはへら状に幅広で先端が丸まる。一方、下部付属器は一見、良く似ているが、良ーくと見ると基部の幅や二股に分岐する先端部のV字の角度などが異なっていることが分かります。イメージ的にはABに対して細長い。一方斑紋は若干Bの個体が腹部側面の斑紋が大きく見えます。しかしそのほかに目立った斑紋の相違点は認められませんでした。
 亡くなった友人のサラサの標本を改めて調べてみるとやはりこの2(A,B)が含まれていていることが分かりました。ペニスについては標本を軟化しなくてはならないので、今回は割愛します。主に尾部付属器の違いで、両者は容易に識別できました。これら2種を他の既知種と比較すると、下図のように該当するものがないことから、たぶん新種だと判断されます。この結果、ラオスからは2種の新種(だとして)とminuta およびyoshitomii の4種が記録されたことになります。
     
                        
 A                    B                     A                    B
   
                           A                                                        B
                     
                  A, B いずれもシェンクワン県フォンサバン近郊の同一産地

 インドシナ半島部から知られるサラサヤンマ属全種の尾部付属器の比較(簡単なスケッチでスケールはいい加減です。)です。gaofengensis を除いて記載図から作画してます。今のところ、各種はその尾部付属器の形で、しかも上付属器背面から図のみで区別できることが分かります。
                    

















2024年4月2日火曜日

ラオスのサラサヤンマ探索記(1)

 2020年12月に、それまで一緒にラオスのトンボを調査してきたラオスの大切な友人を失いました。失意の下にあった私にある日、友人の奥さんから1個の大きな小包が送られて来ました。それは過去に彼が採りためていた採集品でした。 
   この中には多くの興味深い種が含まれていました。そしてこれまで全く採集できなかったサラサヤンマを複数その中に見出したのです。日付は12-25/03/98とあり、産地はシェンクワン県フォンサバン近郊でした。居てもたってもすぐに駆け付けたかったのですが、その後のコロナでラオスには渡ることができませんでした。そこで現地の知人に頼んでサラサヤンマを探してもらっていましたが、昨年、幸運にも亡くなった友人が採集した地点とほどんど変わらない場所で新たな♂を複数採集することに成功したのです(前項)。
                     
       ラオスの行程図:行きはVientianeからBコースでPhonsavanへ. 帰りはAコース

 そして本年、3月にサラサヤンマを求め、いつものM氏、としちゃんと私で前年、ラオスの友人が確認した場所に行くことになったのです。目的地はラオス中部シェンクワン県の県都フォンサバンです。
 通常ここへ行くには、車で首都のビエンチャンから国道13号を南下して2時間弱のシェンクワンへの分岐点パクサンに向かいます。ここからフォンサバンまでは約4時間強かかります。そんなことから今回も途中、採集しながら行っても夕方にはホテルに着くと気楽に思っていました。ところが今回パクサンからの道が曲者でした。中国の大型トレラーが昼夜を問わずこの道をひっきりなしに走行していて(その台数は数百台になると思います。何を運んでいるのか?)、この中国の大型トレーラーの走行で、もともと良いとは言えなかった道がさらに掘れて数メートルおきに大きな穴が開いていています。坂ではカーブの部分がどうやったらこんなに深いわだちが出来るのかと思うほど大きくえぐれ、はまったら出られなくなりそうでした。車高の低い車では走破は苦しいでしょう。まして降雨があれば、通行はどんな車も出来ないでしょう。すぐに補修工事を行えば済むことだと思いますが、主要幹線にも関わらず全区間全く放置されています。多分ラオス政府には補修にかけるお金が無いのだと思います。コロナ騒ぎで、最大の収入源の観光収入が途絶えたことや中国からの莫大な借款の発生、いわゆる債務の罠というやつですね。これらが大幅な収入減の原因になっているのだと思います。
 結局、朝ビエンチャンを出発して最終的にフォンサバンに疲労困憊で到着したのは以前の倍近く、10時間もかかってしまいました。フォンサバンはラオス中部の要衝で、コロナ以前は、ラオス経済の急激な発展ぶりを象徴するような活気のある町でした。ところが今回、町は人通りも少なく、商店街はシャッタ―を下ろしたお店が多く、明らかに状況が変わっていました。中国経済の停滞はその依存度が高いラオスの国内経済のさらなる凋落につながっていくのではと危惧します。
                    
                     閑散としたフォンサバン街中
                         
              しかし、庶民の生活を支える市場の賑わいはいつもと変わらない

 翌日、友人の案内で、いよいよサラサヤンマの生息地に向かいます。天気も良く晴れてこの上なく気持ちが高揚して来ます。どんな環境にいるのか、確実に発生しているのかとか、次々に興味と不安が交互にわいてきます。発生地はフォンサバンから1時間ほどの山間の村で、友人の家に車を止めてそこから歩いて発生地に向かいます。
                     
                      準備を整え、いざ、出陣!
                          
                     発生地はこの川の上流にあるという
                          
              川の両側が畑になっていて、手前はブロッコリーで対岸が何とイチゴ

川はだんだん上流の雰囲気になってきました

今度は川から離れ延々と山道です. 暑じー!まだですかー?

 村はずれから、田んぼの畦を伝って川沿いを上流の発生地を目指します。事前に把握していた場所は1kmぐらいですから10分ぐらいで着くものと予想していました。しかし、案内してくれる友人はどんどん先に進みます。あれ、おかしいなあ、と思いつつ付いていきます。炎天下の中のアップダウンは日頃の運動不足が祟って早くもギブアップです。まだ先あんのー?と。歩くこと1時間以上。ようやく友人がここだと指さしました。勇んでその場を見ると、「え!」水気など全くない、ただの草原じゃない!どう見ても湿地ではありません。最近、かなり生えていたと思われる灌木類や丈の高いイネ科植物を刈り倒したようです。こんなとこ本当に飛ぶのかい?一気に期待から絶望に心がしおれていくのを感じました。
 もう一度友人を呼んで、採集時の話を聞きました。現在時刻は10時、飛ぶポイントがあって、案内すると言います。発生地?の草原はかつて水田であったことは間違いないようで、田越用水を行っていた跡が見られました。ということは以前は水田であったが放棄され、湿地になったところに本種が進出した。現在は乾燥が進んでこの場所からは姿を消すまさにその瞬間が昨年であって、今年はこのカラカラの元水田跡からは発生はしないのではないか。
 彼についてゆくと、草地の脇に細い渓流(といっても高低差が大きいものではない)が樹林の中を流れています(もうここは源流地帯です)。彼が飛ぶという場所は全て渓流の脇に広がる草地で、しいて言うなら周囲を灌木や背の高いイネ科植物に囲まれていたり、ややくぼ地であったりする特長がありました。この場所の周囲に湿地らしい場所は1つもありませんでした。

         サラサヤンマが飛ぶ乾いた草原(生えていた灌木や草が刈り倒されている)
                     
            ややくぼ地になった場所、わきを渓流が流れる
                    
             この場所も飛ぶそうだ。ほんとかい?左側は渓流

 案内されればされるほど、ますます絶対にこんな所は飛ばないという確信みたいなものが出てきて、また失敗に終わるのかと悲観的になっていきました。友人がとにかく昼飯にしようということなので、湿地?入口の木立のなかで昼食にすることにしました。
 改めて友人に聞きます。昨年採集した時、ここは湿地だったのかと。彼の答えは明快でした。昨年と同じである。周りの水田もまだ水を入れてない。送った写真は9月に撮ったものだ。トンボは15時に採集した。それまでは見ていないという。さすがに落胆する私の顔を見て友人は、責任を感じたのか、食事を済ますとすぐに草地の奥に網をもって出かけて行きました。そのころには私は、サラサはここで偶然採集されたもので発生地は別にあると完全に信ずるに至っていました。そして今後の日程をいかに消化するか、経費はどうなるかを悶々と考えていました。
 13時近く、友人たちが遠くで声を上げるのが聞こえました。しばらくすると友人たちがニコニコしながらやってきました。そしてその三角紙にはこれはこれは綺麗なサラサヤンマが収まっていました。「ほんとに居たのかい?」サラサヤンマを手にしてもまだ、私はそう呟いていました。夢をみているような不思議な気持ちでした。
                     
                                             初めてみた♂、すばしっこく飛び回るのでなかなか撮れない
 
 とにかく日本では考えられないような環境にサラサヤンマが飛ぶことは間違いないようです。その証拠に13時を過ぎたあたりから、いわゆるポイントに次々と飛来するようになりました。いずれも♂のみで、飛翔自体は日本のサラサヤンマと変わることはありませんが、ホバリングする範囲はせいぜい2,3m四方と狭く、さらにホバリング継続時間は短く、すぐに地上から10cm程度の植物の茎に止まりました。一回のテリトリー飛翔時間は3,4分から20分とかなり個体によって異なりました。体が小さく、すぐに見失います。なぜこのような場所を飛ぶのか分かりませんが明らかにミクロ的な指向性が存在し、1頭採集するとすぐにまた1頭が入って来るといった具合です。飛来する個体すべてを見たわけではありませんが、鬱蒼と木々に囲まれた渓流から飛び出してくる♂を複数確認しました。
                    
  なかなかホバリングしてくれず、遠目からわずかな枚数しか撮れなかった
 
 この生息地には3回通うこととなりましたが、結局♀は1頭も見ませんでした。また、成熟が進むと、体色が変化することや、飛び始める時間が早くなることも分かりました。わずか1週間の期間内のことですから発生期全般のことは予想もつきません。この時期は昼前後から15時ぐらいに飛翔が観察されるようです。どうも渓流内の湿地に産卵している可能性があると思われました。この点はオキナワサラサなんかに似ているのかなと。
 今回捕えたサラサヤンマを良く観察すると何やら2種類混じっている可能性があることに気が付きました。これに関しては別項で述べていきたいと思います。
                   














 











Phu Sumsum の Anotogaster

Phu Sumsum   のオニヤンマ  先のページでも触れましたが、ラオスのオニヤンマはなかなか得難いトンボです。これまで、 gigantica , gregoryi , klossi  1) そして chaoi  2) の記録がありますが、得られた個体は僅かで、生息地も数...