2021年1月15日金曜日

Examination of Megalogomphus sp. in Laos

 ラオスには大型のサナエトンボ Megalogomphus sp.が中部以北に広く分布して(南ラオスのSekong県でも、本属のヤゴを採集したことがあります。しかし本種か確認できませんでした)、個体数も少なくありません。山地の小河川で、浅く砂地になった場所でヤゴを掬うと必ず採集できる種です。津田滋さんの「世界のトンボ分布目録」(2000)でみるとMegalogomphus属は11種が知られており、半数がインドに、残り4種がマレーシア~インドネシアに分布し、そして中国2種とベトナムに1種が知られています。私がMegalogomphusの名を知ることになったのは1998年にラオスで採集した大型サナエが同定できず、大阪のK氏に雄を送って、みていただいたのがきっかけでした。K氏は即座に翅脈の特徴からMegalogomphusだと判断されて、その旨を私に連絡いただきました(̪翅脈からすぐ分かるなんてすごい!)。しかし、種名までは言及されませんでした。そこで関連する文献を収集し、自身で調べることにしました。当時1999年は今ほどネット環境が成熟?していませんでしたので、直接文献を知り合いからコピーして送ってもらうのが主でした。そんな時に、紀伊国屋書店で大英図書館のライブラリ―を利用できるサービスを知りました。そこでそれを利用して必要な文献を直接大英図書館から送ってもらいました。これで全ての文献を揃えました。大英図書館は無い文献を大英図書館の協力図書館のネットワークから探してくれました。今はほとんど利用していませんので、その後どうなっているかはわかりませんが。そうして集めた文献から、どうもこいつはsommeriじゃなかなと判断しました。しかし、タイプは雌で、今一つはっきりしない部分が多いのも事実でした。実際、本物のsommeriを見たことがないのですから。ラオスのトンボのリストを作る際に、はたしてsommeriでいいのか悩みました。結局時間切れでsp.としてしまった経緯がありました。しかし、その後標本も集まってきましたので、良い機会なので、この問題を検討してみたいと思います。はたしてsommeriなのか?と。     

                         Habitat of Megalogomphus sp., Gomphidia and Macromia ( Lak Sao)

                                  Megalogomphus sp. Lak Sao, 2016.5.5 17:05

Megalogomphus sommeriは1854年にSelysがHeterogomphus sommeriとして記載したものですが、雌で記載されていて図は付いていません。後年、Monographie Des Gomphines (1858) のなかで雌の頭部、産卵弁等が図示されました(下図)。

                                Figures of Hterogomphus sommeri female, after Selys (1858). 

  しかし原記載の記述とこの図からの同定は正直きびしい気がします。せめて♂ならともかく。さらにM. sommeriは中国から得られましたが、詳細な場所は不明です。現在は福建、広東省等の中国南部および香港、海南島などの島々から記録があります。sommeriの他に色彩、大きさ、斑紋で似ている種を探してみるとM. smithii (Selys, 1854)とM. cochinchinensis (Selys, 1878)の2種があることが分かりました。前者のタイプは現バングラデシュのシレット。先の津田(2000)では、インドとバングラデシュのほか、中国から記録があるとされますが、これはFreser (1923) のシッキム(現インド)からの記録が基になっているのではないかと思われます。シッキムは清、英国、チベットが入り乱れた紛争地帯だった経緯があって、どこに帰属するのか解釈に苦慮されたのではと思うのです。

 M. smithiiについてはNeedham (1930)とFraser (1934)が形態を詳しく述べており、中でもFraserの図を見るとラオス産とは全く異なり、かなり黄色味の強い種であることが分かります。そうすると残りはM. cochinchinensisです。これもSelysによって、南ベトナムからの雄をタイプとして1878年に記載されたもので、記載したSelysはsommeriに酷似することを認識の上で、両種を比較したようです。しかし、これには大問題がありました。それは、それぞれの種が雌と雄の片方でしか採れていないことから、雌どうし、あるいは雄どうしの比較ができなかったのです。結局、Selysはsommeriの雌とcochinchinensisとした雄の比較で、前額上部の黄色紋が中央で切れているのがsommeriで、つながっているのがcochinchinensisだとしたのです。

 さてあらためてラオス産の標本を見てみると、雌は額上部の黄色紋が、切れているものが多く、逆に雄はつながっているものが多いことが分かりました。さらに最近出版された超大作の中国トンボ図鑑( Zhang, H., 2019. Dragonflies and Damselflies of China)にはsommeri の雌雄の頭部写真が示されており、ラオス産と同様にその額上部の黄色紋は雌雄で異なることが分かります。これらのことから、Selysが識別点とした前額上面の黄色紋の形状の違いは単なる雌雄の違いに過ぎなく、種を区別する要点にはなり得ないということが明らかになりました。やはり、ここはForesterも示唆してるとおり、 cochinchinensissommeriのシノニムと考えるのが妥当だろうと思います。

                                                              

                                                              above: Bolikhamsai, below: Xiangkhoung 

 こうなると、やはりラオス産のMegalogomphusは新種または亜種、それともsommeriそのものどれかになるわけで、中国産のsommeriをぜひ見なくてはなりません。以前香港でMegalogomphusと思われる大型のサナエを採り逃がしたことがあって、現在私は残念ながらsommeriの標本は持っていません。そこでまたまた、Toshi-tyanさんの標本をお借りすることになりました。

  香港産、ラオス北部、Xiangkhoung 県産およびラオス中部、Bolikhamsai 県産の標本で比較してみます。尾部付属器を見てみます。この部分でそんなに差異がなかったら、sommeriにするのが妥当でしょうね。まず、側面です。                 

  Figs. 1 Appendages in lateral view,  left: Hong Kong, middle: northern Laos, right: central Laos.

   香港産の上付属器は短くて、太いのに対してラオス産はいずれも長いことが分かります。また、先端の形状も香港産とは若干異なるようです。下付属器はいずれも良く似ていますが、香港産がいくらか内側に湾曲しているように見えます。

    Figs. 2 Appendages in dorsal view, left: Hong Kong, middle: northern Laos, right: central Laos. 

 今度は上から見ると(写真上)、中部ラオス産は他の産地とは異なり、あまり内側に湾曲していません。香港産とラオス北部産は内側に湾曲しますが、その形状は若干違うようにも見えますがどうでしょう。香港産ほどラオス北部産は先端が膨らみません。Selys はcochinchinensis の記載の中で、上付属器はわずかに湾曲すると述べていますが。これが上から見たのか、側面からなのか分かりません。わずかというなら上からなんですかねえ、そうするとsommeriのシノニムだと言っていたcochinchinensisにより近いようにも思われます。何だかわからなくなってきます。

       Figs. 3  Appendages in ventral view, left: Hong Kong, middle: northern Laos, right: central Laos.

 下付属器は3産地とも大差なく良くにているように見えます。しいて言えば、北部、中部ラオス産は先端の二股に分かれた突起が大きく見えます。尾部付属器の形状だけでは産地それぞれに若干の差異はあるものの、基本的な形態は同じであることがわかりました。ただ、中部ラオス産の個体はちょっと変異が大きいように思いますので、念のため生殖器を見てみましたが、若干の形態的な差異はありましたが、種レベルの差とはならないと思えました。

結論、今回、外部形態的を検討の結果、ラオス産のMegalogomphusは香港産sommeri に比べ、ある程度の差があり、それはこの地域の特性(個体変異ではない)であると認められますが、亜種とするほどのものではないと判断しました。よって、ラオス産はMegalogomphus sommeri であると結論されました。

 Megalogomphus sommeri はコオニヤンマぐらいの大きなサナエですが、生息地は山間の割合小さな流れに多く、段差のある渓流的な環境には見られません。幼虫は流れが緩やかな浅い砂地の水域を好み、成虫の雄は水域に張り出した枝先に止まって雌の飛来を待ちます。午前中は結構敏感で、すぐに飛んでしまいますが、ヒョンヒョンと大きく円を描くように緩やかに飛んですぐ近くの枝先に止まります。しかし夕方は意外に鈍感になって、人の接近も気にならないようです。これまでに産卵を観察したことは3回しかありませんが、いずれも飛来した雌は岸部の砂地の上で低くホバリングして卵塊を作った後に、打水して産卵します。数回おこなった後、しばらくホバリングして飛び去ります。1度だけ、産卵中の雌のすぐ上を、シオカラトンボの警護飛翔のような行動を雄がしばらく示したことがありました。午前中は渓流地帯に雌が水面低く高速で飛んでくることが良くあります。Megalogomphus sommeri は大きなトンボですが、ラオス国内に広く分布していて、個体数も多くラオスを代表するトンボだと言えるでしょう。

Eleven species of this genus are recorded from South India, Southeast Asia, China and Vietnam.  This time, I examined the morphological characteristics of Megalogompus sp. in Laos, which is a species very similar to M. sommeri in China and cochinchinensis in Vietnam.  

Selys cites the only yellow spot on the fronts as a distinguishing point between sommeri and cochinchinensis.  However, Selys compared sommeri female with newly collected a male in Vietnam in describing cochinchinensis. It has been clarified that this difference in the yellow pattern on the fronts is only a difference between male and female, and it cannot be used as a distinguishing point between species. Therefore, I think cochinchinensis should be a synonym for sommeri.

As a result of comparing the Hong Kong and Laotian specimens, it was concluded that the difference in morphology between Laos was recognized as a regional characteristic, but the difference was small ( figs. 1-3) and it was not necessary to make a subspecies.





0 件のコメント:

コメントを投稿

Phu Sumsum の Anotogaster

Phu Sumsum   のオニヤンマ  先のページでも触れましたが、ラオスのオニヤンマはなかなか得難いトンボです。これまで、 gigantica , gregoryi , klossi  1) そして chaoi  2) の記録がありますが、得られた個体は僅かで、生息地も数...