2020年11月4日水曜日

Davidius Mystery (2)

日本産ダビドサナエのおさらい (Japanese only)

先のページで日本産とラオス産のダビドサナエ属の産卵様式は異なっていることを述べましたが、もしかしたら属レベルで異なったものではないかと思えてきました。これからはこの考えに基づいて、検証をおこなっていきたいと思います。まずは、ダビドサナエはどのように今の学名になったのかを知る必要があるでしょう。まず、そこからです。調べてみると色々出てきました。調べていくにつれ、改めて朝比奈博士の偉大さに敬服することになりました。

ダビドサナエの学名の変遷

1 日本産ダビトサナエ属におけるダビドサナエの記載に関する関係文献と現在の学名になるまでの経緯、時系列で書き出せば以下のとおり

(1) Hagenius? nanus Selys, 1869  
Author:  de Selys Longchamps, E.
Year:    1869
Title:    Secondes additions au synopsis des Gomphines.
Source:  Bulletin de l'Académie royale de Belgique (Série 2): 28 (8): 168-208.
日本産の雌標本を基に、当時1属1種から成るHagenius属の新しい1種として記載された。属のタイプ種であるHagenius brevistylusは1854年にselys自身が命名した北米産の大型サナエである。なぜこの属に日本産小型サナエのnanusを含めたのかいぶかしむ。この点についてはSelys本人も多少引っかかっていたのか記述の中で、日本の産地はアメリカのHagenius brevistylusの生息地と非常に異なり、新しい亜属をもうける等の処置が必要かもしれないと述べている。

(2) Davidius davidii Selys, 1878
Author:  de Selys Longchamps, E.
Year:    1878
Title:    Quatrièmes additions au synopsis des gomphines. (II).
Source:  Bulletin de l'Académie royale de Belgique (Série 2): 46 (12): 659-698.
Davidius属が新設され、Hagenius? Nanusもこの属に含まれるとした論文。あらたに日本(Jeddo)からD.? aterを記載している。

(3)   Davidius nanus (Selys, 1869)    
Author:  de Selys Longchamps, E.
Year:    1883
Title:    Les Odonates du Japon.
Source:  Annls Soc. Ent, Belg. 27: 82-143.     
日本のトンボと題打った論文で、67種を記録し、さらに新種4種を報告している。Davidius属はダビドサナエD. nanusとD.? alerの2種が記載されている。

(4) Davidius nanus (Selys, 1869)
Author:  de Selys Longchamps, E.
Year:    1894
Title:    Causeries Odonatalogiques
Source:  Annls Soc. Ent. Belg. 38: 163-181. 1894  
この論文で初めて雄が記載された。しかし朝比奈1957:新昆虫 10 (6) 51-58)によれば、この最初のダビドサナエの雄、実はクロサナエの雄であったという。ダビドサナエ雄を正確に記載したのはRis (1916)で、Risもまたこれをダビドサナエとは知らず、Davidius cuniclusとして新種記載した。
一方、Selys (1878)の論文中のDavidius ater(Jeddo、Japonにて採集された雌雄が記載されているが共に腹部が失われている)は、朝比奈博士自身が大英博物館やブリュッセルのSelysコレクションなどで対象標本を調査し、またLieftinckとの文通の結果、これはダビドサナエD. nanusそのものであったと結論している。さらにOguma (1926) が雌で記載したD. hakiensisは引用できないとしている( すでにAsahina, 1950でD. nanusのシノニムと処置さていた)。
近年Hamalainen & Sasamoto (2006)はこれらを踏まえ、総括としてD. ater, cuniclusおよびhskiensisを改めてダビトサナエ D. nanusのシノニムとして記載した。しかしこの朝比奈(1957)の一文を拾い上げた笹本博士の慧眼とHamalainen博士の考証力にはただただ頭が下がる思いです。我々には絶対気が付かないことですから。

(5) Davidius cuniclus Ris, 1916
Author: Ris, F.
Year: 1916
Title: H. Sauter’s Formosa-Ausbeute: Odonata.
Source:     Suppl. Ent., 5:1-80.
Davidius cunilusを新種として記載したが、これはAsahina (1950)によってダビドサナエであったことが報告された。よって本種はシノニムとなる。

(6) Davidius fujiama Fraser, 1936
Author: Fraser, F. C.
Year: 1936
Title:  Odonata collected in Japan, with the description of three new species.
Source: Transactions of the Royal Entomological Society of London: 85 (5): 141-156, figs. 1-6.
1934年の5~7月にFreser自身が来日して各地で採集した記録、リスト。いくつかの新種記載を含む。日本で採集したDavidius属は新種記載したクロサナエとRisがすでに日本から記載していたD. cuniclusがあり、いずれも日光で得られている。

ダビトサナエが、現在の学名Davidius nanusに落ち着くまでは紆余曲折があったのは上述の朝比奈(1957)にあるとおりだが、改めて整理すると以下のようになる。

1 Hagenius? Nanusが記載される。 
Selys, L. (1869) Bulletin de l'Académie royale de Belgique (Série 2): 28 (8): 168-208.

2 Selys, L. (1878) Bulletin de l'Académie royale de Belgique (Série 2): 46 (12): 659-698.の中で、Davidius属が新設されて、その後、Kirby (1890)*によってGenotypeとしてDavidius davidii(チベット産)が当てられた。同時にダビドサナエHagenius? Nanus Selys, 1869としていたものをDavidius nanus (Selys, 1869)に変更した。また、新たな日本産D. aterが記載された。
*(A synonymic catalogue of Neuroptera Odonata, or dragon-flies. With an appendix of fossil species. p202, London)。

3 Selys, L. (1894) Annls Soc. Ent. Belg. 38: 163-181. 1894.においてダビドサナエDavidius nanus の雄が記載された(前述のようにこれはクロサナエの雄)。

4 Ris (1916) によってDavidius cuniclusが記載されたが、これはダビトサナエのシノニムとなる。しかし雄を詳細に記載したものとなる。

5 Fraser (1936)が日本で各地を採集して回り、クロサナエを新種記載した。

2 Davidius 属のKeyとなる特徴について
 さて、次に、何をもってダビトサナエ属としたのか、その形態的特徴とは何なのかを明らかにする必要があるでしょう。それぞれの記載文を見ていくことにします。

   Selysは1869年、ダビドサナエをHagenius? Nanusとしつつも、確信が持てず、?を付けた。Hagenius属としたその最大の根拠は後翅三角室に1本の横脈があることであったと思われる。当時、Selysはサナエトンボ類を12属に分類していているが、ミナミヤンマ、オニヤンマさらにムカシヤンマなども含めている。当然これらは論外であったろうし、ウチワヤンマやオオサナエの仲間は横脈数が多いことから対象とはならなかったはずである。三角室に1本の横脈がある属を他に当たれば、Gomphus属は2、3の亜属に横脈が見られるが、三角室の大きさや向きが違ったりして一致しない。残るGomphoides属は4亜属で構成されるが、横脈が1本なのはHagenius亜属のみであるが、これとて斑紋や、さらに前翅三角室にも1本の横脈があること、生息地が平地の止水域だったり、まして北米と両産地が隔絶していることなどから、さすがのSelysも確信が持てなかったのだと思う。
 
1878年、Selysは新たにDavidius属を設けた。ここでは最大の識別点である翅脈について、前翅の三角室には横脈はなく、後翅三角室には1本の横脈があるとし、その他縁紋の大きさや肛角の形について述べている。この論文でHagenius? nanusがDavidius属に移された。
 1894年にSelysはDavidius nanusの雄を追加記載して、実際にはクロサナエではあったのだが、やや詳しく翅脈についてに記述した。それには前翅上三角室に横脈はなく、三角室にもない。一方、後翅三角室には横脈があって、亜三角室にはない等が記述されている。
 
 Ris (1916)以降は次回。
つづく。







 


























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