2024年4月2日火曜日

ラオスのサラサヤンマ探索記(1)

 2020年12月に、それまで一緒にラオスのトンボを調査してきたラオスの大切な友人を失いました。失意の下にあった私にある日、友人の奥さんから1個の大きな小包が送られて来ました。それは過去に彼が採りためていた採集品でした。 
   この中には多くの興味深い種が含まれていました。そしてこれまで全く採集できなかったサラサヤンマを複数その中に見出したのです。日付は12-25/03/98とあり、産地はシェンクワン県フォンサバン近郊でした。居てもたってもすぐに駆け付けたかったのですが、その後のコロナでラオスには渡ることができませんでした。そこで現地の知人に頼んでサラサヤンマを探してもらっていましたが、昨年、幸運にも亡くなった友人が採集した地点とほどんど変わらない場所で新たな♂を複数採集することに成功したのです(前項)。
                     
       ラオスの行程図:行きはVientianeからBコースでPhonsavanへ. 帰りはAコース

 そして本年、3月にサラサヤンマを求め、いつものM氏、としちゃんと私で前年、ラオスの友人が確認した場所に行くことになったのです。目的地はラオス中部シェンクワン県の県都フォンサバンです。
 通常ここへ行くには、車で首都のビエンチャンから国道13号を南下して2時間弱のシェンクワンへの分岐点パクサンに向かいます。ここからフォンサバンまでは約4時間強かかります。そんなことから今回も途中、採集しながら行っても夕方にはホテルに着くと気楽に思っていました。ところが今回パクサンからの道が曲者でした。中国の大型トレラーが昼夜を問わずこの道をひっきりなしに走行していて(その台数は数百台になると思います。何を運んでいるのか?)、この中国の大型トレーラーの走行で、もともと良いとは言えなかった道がさらに掘れて数メートルおきに大きな穴が開いていています。坂ではカーブの部分がどうやったらこんなに深いわだちが出来るのかと思うほど大きくえぐれ、はまったら出られなくなりそうでした。車高の低い車では走破は苦しいでしょう。まして降雨があれば、通行はどんな車も出来ないでしょう。すぐに補修工事を行えば済むことだと思いますが、主要幹線にも関わらず全区間全く放置されています。多分ラオス政府には補修にかけるお金が無いのだと思います。コロナ騒ぎで、最大の収入源の観光収入が途絶えたことや中国からの莫大な借款の発生、いわゆる債務の罠というやつですね。これらが大幅な収入減の原因になっているのだと思います。
 結局、朝ビエンチャンを出発して最終的にフォンサバンに疲労困憊で到着したのは以前の倍近く、10時間もかかってしまいました。フォンサバンはラオス中部の要衝で、コロナ以前は、ラオス経済の急激な発展ぶりを象徴するような活気のある町でした。ところが今回、町は人通りも少なく、商店街はシャッタ―を下ろしたお店が多く、明らかに状況が変わっていました。中国経済の停滞はその依存度が高いラオスの国内経済のさらなる凋落につながっていくのではと危惧します。
                    
                     閑散としたフォンサバン街中
                         
              しかし、庶民の生活を支える市場の賑わいはいつもと変わらない

 翌日、友人の案内で、いよいよサラサヤンマの生息地に向かいます。天気も良く晴れてこの上なく気持ちが高揚して来ます。どんな環境にいるのか、確実に発生しているのかとか、次々に興味と不安が交互にわいてきます。発生地はフォンサバンから1時間ほどの山間の村で、友人の家に車を止めてそこから歩いて発生地に向かいます。
                     
                      準備を整え、いざ、出陣!
                          
                     発生地はこの川の上流にあるという
                          
              川の両側が畑になっていて、手前はブロッコリーで対岸が何とイチゴ

川はだんだん上流の雰囲気になってきました

今度は川から離れ延々と山道です. 暑じー!まだですかー?

 村はずれから、田んぼの畦を伝って川沿いを上流の発生地を目指します。事前に把握していた場所は1kmぐらいですから10分ぐらいで着くものと予想していました。しかし、案内してくれる友人はどんどん先に進みます。あれ、おかしいなあ、と思いつつ付いていきます。炎天下の中のアップダウンは日頃の運動不足が祟って早くもギブアップです。まだ先あんのー?と。歩くこと1時間以上。ようやく友人がここだと指さしました。勇んでその場を見ると、「え!」水気など全くない、ただの草原じゃない!どう見ても湿地ではありません。最近、かなり生えていたと思われる灌木類や丈の高いイネ科植物を刈り倒したようです。こんなとこ本当に飛ぶのかい?一気に期待から絶望に心がしおれていくのを感じました。
 もう一度友人を呼んで、採集時の話を聞きました。現在時刻は10時、飛ぶポイントがあって、案内すると言います。発生地?の草原はかつて水田であったことは間違いないようで、田越用水を行っていた跡が見られました。ということは以前は水田であったが放棄され、湿地になったところに本種が進出した。現在は乾燥が進んでこの場所からは姿を消すまさにその瞬間が昨年であって、今年はこのカラカラの元水田跡からは発生はしないのではないか。
 彼についてゆくと、草地の脇に細い渓流(といっても高低差が大きいものではない)が樹林の中を流れています(もうここは源流地帯です)。彼が飛ぶという場所は全て渓流の脇に広がる草地で、しいて言うなら周囲を灌木や背の高いイネ科植物に囲まれていたり、ややくぼ地であったりする特長がありました。この場所の周囲に湿地らしい場所は1つもありませんでした。

         サラサヤンマが飛ぶ乾いた草原(生えていた灌木や草が刈り倒されている)
                     
            ややくぼ地になった場所、わきを渓流が流れる
                    
             この場所も飛ぶそうだ。ほんとかい?左側は渓流

 案内されればされるほど、ますます絶対にこんな所は飛ばないという確信みたいなものが出てきて、また失敗に終わるのかと悲観的になっていきました。友人がとにかく昼飯にしようということなので、湿地?入口の木立のなかで昼食にすることにしました。
 改めて友人に聞きます。昨年採集した時、ここは湿地だったのかと。彼の答えは明快でした。昨年と同じである。周りの水田もまだ水を入れてない。送った写真は9月に撮ったものだ。トンボは15時に採集した。それまでは見ていないという。さすがに落胆する私の顔を見て友人は、責任を感じたのか、食事を済ますとすぐに草地の奥に網をもって出かけて行きました。そのころには私は、サラサはここで偶然採集されたもので発生地は別にあると完全に信ずるに至っていました。そして今後の日程をいかに消化するか、経費はどうなるかを悶々と考えていました。
 13時近く、友人たちが遠くで声を上げるのが聞こえました。しばらくすると友人たちがニコニコしながらやってきました。そしてその三角紙にはこれはこれは綺麗なサラサヤンマが収まっていました。「ほんとに居たのかい?」サラサヤンマを手にしてもまだ、私はそう呟いていました。夢をみているような不思議な気持ちでした。
                     
                                             初めてみた♂、すばしっこく飛び回るのでなかなか撮れない
 
 とにかく日本では考えられないような環境にサラサヤンマが飛ぶことは間違いないようです。その証拠に13時を過ぎたあたりから、いわゆるポイントに次々と飛来するようになりました。いずれも♂のみで、飛翔自体は日本のサラサヤンマと変わることはありませんが、ホバリングする範囲はせいぜい2,3m四方と狭く、さらにホバリング継続時間は短く、すぐに地上から10cm程度の植物の茎に止まりました。一回のテリトリー飛翔時間は3,4分から20分とかなり個体によって異なりました。体が小さく、すぐに見失います。なぜこのような場所を飛ぶのか分かりませんが明らかにミクロ的な指向性が存在し、1頭採集するとすぐにまた1頭が入って来るといった具合です。飛来する個体すべてを見たわけではありませんが、鬱蒼と木々に囲まれた渓流から飛び出してくる♂を複数確認しました。
                    
  なかなかホバリングしてくれず、遠目からわずかな枚数しか撮れなかった
 
 この生息地には3回通うこととなりましたが、結局♀は1頭も見ませんでした。また、成熟が進むと、体色が変化することや、飛び始める時間が早くなることも分かりました。わずか1週間の期間内のことですから発生期全般のことは予想もつきません。この時期は昼前後から15時ぐらいに飛翔が観察されるようです。どうも渓流内の湿地に産卵している可能性があると思われました。この点はオキナワサラサなんかに似ているのかなと。
 今回捕えたサラサヤンマを良く観察すると何やら2種類混じっている可能性があることに気が付きました。これに関しては別項で述べていきたいと思います。
                   














 











2024年2月25日日曜日

Laos の Devadatta 属(2)(パソコンでご覧ください。文字化け、行ずれが起きます)

argyoides グループ

 Devadatta 属の中では最もポピュラー(もちろんほとんど得られていない種も多い)な形態をしている種群で、主にボルネオ島~インドシナ半島南部に分布しています。頭部の後頭楯は金属光沢を呈することが多く、体色はダークブラウン~黒、胸部側面に明瞭な細い筋状の淡いラインが第1、2側縫線上に明瞭に現れます。腹部の3~7節には明瞭な明るい茶色の斑紋が見られ、翅の先端はつま黒になる特徴があります。                                      

                                       Devadatta cyanocephala ラオス中部 Thatom 産

 ラオスでこのグループに属するものはラオス中部~南部から記録されている cyanocephala 1 種のみが記録されています。このほかに Devadatta 属(1)のページで触れたとおり multinervosa も属する可能性があるかも知れません(この辺の判断はむずかしいですね。タイプの写真から第3腹節背面に淡い斑紋らしいものが認められることから、もしかするとこれは別属かも?)。
 このグループも生息地は低山地~山岳地域の細く勾配のきつい沢に見られ、薄暗い谷合の突き出た樹木の枝先に止まっているのが観察されます。決して植物の葉には止まらないようです。
 
3 glaucinotata グループ

 最後に glaucinotata グループです。特徴は前のブログページに書いてありますので、割愛します。D. glaucinotata はラオス中部、今では欧米人に人気がある観光地であるVangvieng(バンビエン)から国道13号を更に30分ほど車で北に行ったPatang(バタン)付近から得られています。国道13号から Nam Song(ソン川)に沿にそって脇道を進みますと、いくつかの沢と交差します。標高は350~400m であまり高くはありませんが、多くの珍しいトンボがそれぞれの沢に見られました。この流域ではこの glaucinotata の他に、これも非常にめずらしいハナダカトンボの仲間、Rhinocypha peitho(これまでに Patang でタイプの1♂、中部ラオスの2地点からそれぞれ1♂ と1♀しか得られていない)が採れています。
 glaucinotata とは別に、異なる2種が中東部のアンナン山脈西麓から得られていて、その胸部の特徴ある斑紋からこのグループに属すると考えられます。 
                    
               Devadatta
spラオス中部 Thatom 産

               
Devadatta spラオス中部 Mok 産 

 Thatom 産の個体はやや若く、採集した時は胸部の色が鮮やかなライトブルーをしていて、とてもこれがあの地味な Devadatta とは思えないほどでした。しかし、標本にするとたちまち灰色に変化してしまいました。成熟すると胸部は青灰色に変化していくのかも知れません。
 一方、Mok 産は当初、glaucinotata だと思っていましたが、後日、改めて見てみると、胸部斑紋や尾部付属器の形がかなり異なることから別種であることの可能性が高いと思います。しかし、いずれも1個体しか得られていないため、さらに標本が集まらないと明確なことは言えません。
 
 ベトナムとは違って、cyanocephala を除くと、ラオスでのこの種のトンボを採集できる機会はほとんどありません。そして不思議なことに、なぜかほとんど単独でしか巡り合うことが出来ていません。近年の猛烈な開発はラオスも例外ではなく、中国雲南省の省都昆明からビエンチャンまで開通した高速鉄道の建設で、Patang 周辺の環境は完全に変わってしまい、昔の面影は現在ありませんでした。
 種の多様性条約締結後、それぞれの国々での昆虫採集は厳しくなる一方で、何が居るのか分からないうちに生息地そのものが大規模開発で失われることは、何ともやりきれない気持ちになります。

 








 
 

 

                      

                    
 


        


     

2023年11月28日火曜日

Laos の Devadatta 属(1)

  Devadattidae 科は1属13種から成る東南アジア特産の非常に興味深いトンボです。これまでは Amphipterygidae (ムカシカワトンボ)科に含まれていましたが、最近、Dijkstra et al.( 2014)が、Devadatta 属のミトコンドリアおよび核 DNA を解析したところ、Amphipterygidae 科と異なることを見出したため、新たに Devadattidae 科を起こし、そこへ Devadatta 属を移した経緯があります。
 Devadatta 属の各種をみてみると大まかにargyoides 、ducatrix および glaucinotata の3つのグループに分けることができます。
 argyoides グループはインドシナ半島、東南アジア島嶼域に広く分布し、特にボルネオ島を主に全部で9種が知られています。体色は胸部と腹部が黒および褐色、各腹節に明るい茶色の環状紋を呈する特徴があります。
 これに対してducatrix グループはベトナムとラオスのみから3種が知られています。それぞれの胸部、腹部とも黒色で、♂の腹部各節に環状紋は殆ど見られず、♀にわずかにやや青みがかった白い斑紋が痕跡程度に認められます。翅のつま黒は他のグループの種よりも、より明瞭で面積が大きくなります。
 最後の glaucinotata グループは今のところラオス特産種の(他に2種未記載種があります)から成ります。このグループの特徴は胸部は黒、側面の大部分が青白色~明るい灰色であることです。腹部は黒で環状紋はなく、各節基部側面に消失ぎみに小さな灰色の斑紋を持ちます。

 DEVADATTIDAE

Devadatta Kirby, 1890

Devadatta aran Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015          Borneo       

Devadatta argyoides (Selys, 1859)               Hongkong, Indonesia, Singapore, Thai

          Tetranevra argyoides Selys, 1859

          Syn Devadatta argyoides tiomanensis Laidlaw, 1934

Devadatta basilanensis Laidlaw, 1934                            Philippines

    Syn Devadatta filipina Needham & Gyger, 1939

Devadatta clavicauda Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015   Borneo 

Devadatta cyanocephala Hämäläinen, Sasamoto & Karube, 2006   Laos, Vietnam

Devadatta ducatrix Lieftinck, 1969                                 Vietnam

Devadatta glaucinotata Sasamoto, 2003                         Laos       

Devadatta kompieri Phan, Sasamoto & Hayashi, 2015      Vietnam

Devadatta multinervosa Fraser, 1933                              Laos

Devadatta podolestoides Laidlaw, 1934                           Brunei, Indonesia, Malaysia

Devadatta somoh Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015       Borneo

Devadatta tanduk Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015       Borneo

Devadatta yokoii Phan, Sasamoto & Hayashi, 2015   Laos

 多くの種の生息地は薄暗い源流域に限られており、ラオスではなかなか目にする機会がありません。それでも現在まで 4種(上の一覧中の赤)が知られています。このうち D.  multinervosa は、Fraser が記載に用いた未熟の♂しか知られておらず、実体は良く分かりません、大英博物館のライブラリーにこの標本が公開されていますので(下写真)、それを見ると、記載にあるとおり頭部の上唇、さらには額にかけても青色が認められます(メタリックな感じもしないでも。また腹部側面に明るい斑紋が認められます。記載では胸部の縫合線に沿って明るい筋状の紋も記述されています。さらに採集地の Pu Tat の近くでは cyanocephala が得られていることから、もしかしたら cyanocephala そのものか、あるいはそれに類似した種ではないかと推察されます。



Devadatta multinervosa Fraser, 1933 Holotype
British museum natural history type specimen collection より

 最初にducatrix グループ内の3種について、Phan et al. (2015) の記載を基に識別していきたいと思います。この中の D. yokoii は1998 年に、ラオス中部のVangvieng 近くの渓流で筆者が採集した標本を基に記載されました。
 当時のVangvieng はまだ電気も来ておらず、街並みもまだベトナム戦争時代に作られたアメリカ軍の航空基地の滑走路に沿ってつくられていていました。当然周辺にはアメリカ軍に協力していたモン族の人たちがまだ多く住んでいて、一部が政府に対してゲリラ闘争をしばしば起こしていました。私が通った渓流には街はずれの国道13号線の橋から、川沿いの小道を入っていくのですが、この橋の下は砂地で浅く、ヤゴの採集に打って付けの場所で、周辺の子供たちも手伝ってくれてヤゴ採りをしたこともありました。ある年、私たちが訪れた翌月、路線バスがこの橋の上でゲリラの襲撃にあい、多くの乗客とサイクリング中の複数の欧米人が命を落としました。さらに同時期に同じ川で、自動小銃で武装した10人ぐらいの集団にバッタリ鉢合わせしたことがって、一見してゲリラだと分かりました。彼らは政府軍の服装はしておらず、農民のような服装でサンダル履きの人もいました。なりより全員アメリカ軍のM16自動小銃を携行していたからです。まあ、これ以後のことをここで書くわけにはいきませんが、当時は結構危なかった情勢だったのです。

 1 ducatrix グループ
                   
                    Devadatta yokoii  Vang Vieng 産



     ducatrix グループ3種の違い
       翅形の比較
      
          
       尾部付属器の比較

                                                                                   Phan et al. (2015) より


 個々に違いを述べていては分かりずらくなるので、表にまとめました。尾部付属器の違いは上の図のとおり、それぞれ明瞭ですが、現場での識別点となるとかなり難しいように思います。翅のつま黒の大きさや、縁紋の大きさで大体識別が可能とは思いますが、どうしても尾部付属器の違いで確かめたいなら、倍率の大きなルーペは必携だと思います。
 現在ラオスからはD. yokoii のみが記録されていますが、調査がほとんどされていないベトナム国境付近のアンナン山脈西麓部、特に北部地域からは他の2種、あるいはさらなる種が記録されるかもしれません。
   D. yokoii の生態は全く分かっていません。採集した個体は暗く日が射しこまない狭い渓流脇から突き出た枯れ枝に止まっていて、近づいても飛び立つ気配はありませんでした。流れが小さな段差になった場所に朽ちた倒木があって、その周辺のみに数個体(♂)が見られたので、こうした倒木に♀が産卵に来るのかもしれません。

  
つづく














































































2023年6月26日月曜日

ラオスのサラサヤンマ  Genus Sarasaeschna of Laos

現在までのラオスの Sarasaeschna 属

 ラオスのSarasaeschna 属 は S. minuta と最近ラオスから新種記載された S. yoshitomii の2種が知られています。前者はこの属ではというより、世界で最も小さなヤンマだと思います。腹長 30mm、後翅長 28mmしかなく、アキアカネとほぼ同じ大きさしかありません。このトンボはタイから記載されていて、その後公な追加記録が無い珍種となっており(最近ベトナムから記録された。Kiyoshi ら、2016)、ラオスからは1♂が1. Ⅳ. 1995 に観光地で有名な Vang Vieng から、さらに100kmはなれた Xieng Kwang から1♀が 29. Ⅲ. 1993 に共に現地の方によって採集されています (Karubeら、2001)。

 一方、後者は ラオス中部の高所 Phou Samsoum 周辺から2011 と2013年のそれぞれ5月中下旬に得られた11頭を基に新種記載されました (Kiyoshi ら、2016)。このサラサヤンマも非常に小型で、個体差があるようですが、最小だと腹長 34mm、後翅長 30mm程度しかありません。

時期的に得難いヤンマ                                      
 私はこれまでラオスでこのトンボを採集したことはおろか、目撃したこともほとんどありません。惜しむらくは1997年にXieng Kwang 東部の温泉地で1♂を採り逃がした経験があるのみです。ただ、このヤンマ、多くの採集記録を見ると出現期は3月中旬から4月初頭と5月下旬から6月上旬に集中していることが分かります。すなわち、海外に長期に採集に行ける4月下旬~5月頭のゴールデンウイークでは丁度発生期を避けて採集に行っているようなもので、そもそも採集できる機会は極めて低かったようです。
 現在のこの属を達観してみます。

Sarasaeschna Karube & Yeh, 2001

1. Sarasaeschna chiangchinlii Chen & Yeh, 2014     Taiwan       

2. Sarasaeschna decorata (Lieftinck, 1968)     India

          Oligoaeschna decorata Lieftinck, 1968

3. Sarasaeschna gaofengensis Yeh & Kiyoshi, 2015    China

4. Sarasaeschna kaoi Yeh, Lee & Wong, 2015     Taiwan

5. Sarasaeschna khasiana (Lieftinck, 1968)     India

          Oligoaeschna khasiana Lieftinck, 1968

6. Sarasaeschna kunigamiensis (Ishida, 1972)     Japan

          Jagoria kunigamiensis Ishida, 1972

7. Sarasaeschna lieni (Yeh & Chen, 2000)     Taiwan

          Oligoaeschna lieni Yeh & Chen, 2000

8. Sarasaeschna martini (Laidlaw, 1921)     India

          Jagoria martini Laidlaw, 1921

          Syn Aeshna nigripes Navás, 1932

9. Sarasaeschna minuta (Asahina, 1986)     Thai, Laos, Vietnam

          Oligoaeschna minuta Asahina, 1986

10 Sarasaeschna niisatoi (Karube, 1998)     Vietnam

          Oligoaeschna niisatoi Karube, 1998

11. Sarasaeschna pramoti (Yeh, 2000)     Thai              

          Oligoaeschna pramoti Yeh, 2000

12. Sarasaeschna pryeri (Martin, 1909)     Japan

          Jagoria pryeri Martin, 1909

13. Sarasaeschna pyanan (Asahina, 1951)     Taiwan

          Oligoaeschna pyanan Asahina, 1951

14. Sarasaeschna sabre (Wilson & Reels, 2001)     China

          Oligoaeschna sabre Wilson & Reels, 2001

15. Sarasaeschna speciosa (Karube, 1998)     India

          Oligoaeschna speciosa Karube, 1998                                         

16. Sarasaeschna tsaopiensis (Yeh & Chen, 2000)     Taiwan

          Oligoaeschna tsaopiensis Yeh & Chen, 2000                    

17. Sarasaeschna yoshitomii Kiyoshi, Katatani, Kompier & Yeh, 2016     Laos   

18. Sarasaeschna zhuae Xu, 2008     China

 18種もあるのですね。台湾には5種もいて、目と鼻の先の西表島になぜ居ないのでしょう?他のトンボは大体いるのに不思議です。もしかしたら標高が少し足りないのかも知れません。台湾のサラサは皆1000m以上の高所ですから。

 この18種を見てみると、少しおもしろい現象があることに気が付きました。それは記載論文に示されている大きさです。南にいくほど小さくなるのです。試しに数種の腹長と後翅長の関係でグラフを作ってみました。

      Sarasaeschna 属各種における腹長と後翅長の関係

 ゴチャゴヤして見にくいのですが、緯度の高い地域ほど大型になって、低いほど小型になってますよね。まるでベルクマンの法則に合致する例のようです。もっとも、この法則は恒温動物のみに当てはまる法則ですが😢。

  このグラフの S. sp. は今年3月下旬に Xieng kwang 北部で得られたサラサヤンマで、他種とは明瞭に区別される種です。この種も小さく、比較のためにアキアカネと並べた写真を上げます。生息地は標高1300mの森林に囲まれた広さ50×50mほどの草丈がある草が生い茂った湿地で、個体数は多かったようです(現地の友人による)。同じシェンクワン県から得られた S. yoshitomii に比較すると、尾部付属器の違いはもちろんですが、全体にやや黒化して、腹部側の黄色の斑紋が不明瞭のようです。また、顔面の色や翅脈も一部異なります。記載にはもう少しサンプルと、なによりメスを得たいと思います(産卵を確認)。 
                    
                 Phou Samsoum の Syoshitomii 生息地景観 2023. 6. 19
                    
                
アキアカネとラオス産の Sarasaeschna sp.
                                                      

                                            最近ラオス北部から得られた上の写真と同じサラサヤンマの1種

 これまで数えきれないほどの湿地をラオスで見てきましたが、サラサヤンマの発生時期に調査をすることはありませんでした。来期は発生時期に照準を当てて、本種の分布を調べていきたいと思います。

Two Sarasaeschna species, minuta and yoshitomii, have been recorded from Laos. All of them are obtained from mountainous areas above 1000m and are very small species. The genus Sarasaeschna consists of 18 species, which are larger at higher latitudes and smaller at lower latitudes. This year, we obtained multiple Sarasaeschna sp. It did not match any known species and was a very small species. This dragonfly appears from mid-March.

引用文献

Karube Haruki & Wen-Chi Yeh. 2001. Sarasaeschna gen. nov., with descriptions of female S. minuta (Asahina) and male penile structures of Linaeschna (Anisoptera: Aeshnidae). Tombo 43(1–4): 1–8.

Takuya Kiyoshi, Naoji Katatani, Tom Kompier and Wen-Chi Yeh. 2016. A new species and additional Records of the Genus Sarasaeschna from Laos and Vietnam (Odonata, Anisoptera, Aeshnidae). Bull. Natl. Mus. Nat. Sci., Ser. A, 42(4): 181-188.









2023年4月24日月曜日

ラオスにおける Vestalaria 属の整理(2)

  Laos の Vestalaria 属は2023年4月までにV smaragdina 以外に4種得られていますが、それらの位置関係は下図のとおりです。このうち1は V smaragdina でラオス中北部シェンクワン県からファバン県に広く分布しており 、さらに東はベトナム、北は中国まで分布が伸びています。これに対して2は シェンクワン県の県都フォンサバンの北東にそびえる Phu San の南山麓から得られていますが、 V. smaragdina の分布域と非常に近く、また酷似していているために、あるいは V smaragdina の個体変異の中に含まれるのかも知れません。

  3 はシェンクワン県の南東部に位置する Phu Sam Sun 西山麓から得られた種で、3月から発生しています。一方、4は極めて特異な種類ですが、今のところサイソンブン県の南部 Long San の南に位置する渓流のみでみられます。5はセコン県のセコン川東部のベトナム国境沿いの山岳地域から記録されました。こうして見ても各種とも外見上際立った差異が認められず、どこが別種なのかと思うほどよく似ています。    

                                 分布概念図、参考程度に見てください. 地図はEzilon Maps より

 各地の Vestalaria

                             
                                              1. ラオス北部サムヌア産

2.プーサン山麓産

3. プーサムスン産

   4. ラオス中部ロンサン産

5.ラオス南部セコン産

     つづく





















2023年3月27日月曜日

ラオスにおける Vestalaria 属の整理(1)

2023.3 までの記載種
 私たちが2014年にリストアップしたラオスの Vestalis 属は V. gracilisV. smaragdina と不明種1種の3種でした。その後、新たに2、3の追加種が得ることができたため、一度、Vestalis 属を達観して全体像を理解しておこうと思いました。この属にはあまり関心がなかったので、最近までVestalis 属がすでに分類学的な処置を経ていることを知りませんでした。近年、中国やベトナムから多くの新種が記載されるようになっていて、本属の場合も例外ではありませんでした。どのような種が新たにリストに載っているのかを、例によってDennis Paulson, Martin Schorr & Cyrille Deliry による last revision (4 December 2022) で見てみると、あれー?何とはるか以前2006年に Vestalaria 属なるものが新設されていて、Vestalis smaragdina はこの属に移されていました。迂闊にもリストでは Vestalis 属のまま載せてしまいました。新な Vestalaria 属 には5種あって、うち4種がVestalis 属から移されたものでした

Vestalaria May, 1935

Vestalaria miao (Wilson & Reels, 2001)       China, Vietnam

Vestalis miao Wilson & Reels, 2001

Vestalaria smaragdina (Selys,1879)            Myanmar, Thai, Laos, Vietnam, China                                              Vestalis smaragdina Selys, 1879

Vestalaria velata (Ris, 1912)                        China

Vestalis smaragdina velata Ris, 1912

Syn Vestalis virens Needham, 1930

Vestalaria venusta (Hämäläinen, 2004)        China

Vestalis venusta Hämäläinen, 2004

Vestalaria vinnula Hämäläinen, 2006            China


Vestalis Selys, 1853

Vestalis amabilis Lieftinck, 1965 Indonesia, Malaysia

Vestalis amaryllis Lieftinck, 1965 Indonesia, Malaysia

Vestalis amethystina Lieftinck, 1965             Thai, Indonesia, Malaysia

Vestalis amnicola Lieftinck, 1965 Malaysia

Vestalis amoena Hagen in Selys, 1853*        Thai, Indonesia, Malaysia

Vestalis anacolosa Lieftinck, 1965                 Malaysia 

Vestalis anne Hämäläinen, 1985 Myanmar, Thai

Vestalis apicalis Selys, 1873                          Indonesia, Malaysia

        Syn Vestalis apicalis amaena Fraser, 1929

        Syn Vestalis gracilis amaena Fraser, 1929

        Syn Vestalis gracilis montana Fraser, 1934

Vestalis atropha Lieftinck, 1965                     Indonesia, Malaysia

Vestalis beryllae Laidlaw, 1915                   Indonesia, Malaysia 

Vestalis gracilis (Rambur, 1842) southeast Asia

Calopteryx gracilis Rambur, 1842

Vestalis luctuosa (Burmeister, 1839)             Indonesia

Calopteryx luctuosa Burmeister, 1839

Syn Calopteryx formosa Rambur, 1842

Vestalis lugens Albarda in Selys, 1879 Indonesia, Malaysia

Vestalis melania Selys, 1873                         Philippines

Vestalis nigrescens Fraser, 1929    Sri Lanka 

Syn Neurobasis apicalis Kirby, 1891

Vestalis submontana Fraser, 1934 India

 このように、Vestalaria 属は中国を主にして5種、Vestalis 属は広域に分布するVestalis gracilis を除けばすべてが中国以外の東南アジアに分布していることが分かります。以下にラオスで得られているまだ未同定の標本について見ていきたいと思いますが、上のような両属の分布状況であるならば、ラオス産の標本の多くは Vestalaria 属に含まれているトンボなのかも知れません。
 両者の決定的な違いは翅脈にあります。Vestalis 属の方が翅脈がかなり密であり、この点でも区別はつくと思います。さらに下図に示した肘脈室(cu) 、四角室 (q) の脈数はVestalis 属の場合 、それぞれ10、5 本前後であるのに対してVestalaria 属はそれぞれ42本程度と極端に少なくなっていて、ここが決定的に異なります。いずれにしてもカワトンボ科は、外見がどの属も良く似ていて、さらに種間となると判別がむずかしくなる種類であるといえるようです。
 今回の属(Vestalaria)もしかりで、改めて標本を見ていくと、以前ラオス中部から得た、Vestalaria smaragdina ( Vestalis 属としていた) としたものも、何だか自信が持てなくなってくるほどです。
                            
                                                                                                       写真上がVestalis 属、下がVestalaria 属

つづく


                 


 

2022年12月1日木曜日

Laos の Scalmogomphus属

はじめに
 ラオス北部の山岳地帯に棲む Scalmogomphus属のサナエトンボとの初めての出会いは、数年前、Calopteryx laosicaを求めラオスの奥地、シェンクワン県フォンサバン北部に分け入った山中でした。発生時期は遅く、秋の色が濃く(ラオスでもある)なった、9月中旬でした。
 しかし、その後コロナ発生でラオスに渡ることができず、このトンボの生態をさらに観察することは出来なくなってしまいました。すでに日本のトンボに熱中できるほど興味はなくなってしまい、写真もいまいちで気力が萎えていました。そして追い打ちをかけるようにラオスの無二の親友の死。しばらく放心状態で未整理の標本を見る気力もなくなってしまいました。しかし、友人と一緒にいつも採集に同行してくれていた運転担当の友人ミーさんが、連絡をくれるようになって励ましてくれました。そして次第にラオスの方向を向けるようになりました。
 気を取り直して最後に友人と行ったフォンサバンの山で採集した標本を見てみることにしました。標本を見ていると次々にその時の友人との情景がよみがえりました。彼が採ったScalmogomphus が入った三角紙を広げぼーと見ていると、何か違和感があって、あらためて良く観察してみると何と少なくとも3種類のScalmogomphus が入っていることが分かりました。彼からの最後のプレゼントだったのかも知れません。
 
 Scalmogomphus 属はインド北部, ネパール, ブータン, 中国ならびにベトナムに分布する山地性のサナエトンボです。各地から6種が記載されていています。
Scalmogomphus 属 の一覧
Scalmogomphus Chao, 1990
Scalmogomphus bistrigatus (Hagen in Selys, 1854)
            Gomphus bistrigatus Hagen in Selys, 1854
            Syn Onychogomphus m-flavum Selys, 1894 
            Syn Onychogomphus garhwalicus Singh & Baijal, 1954
Scalmogomphus dingavani (Fraser, 1924)
Scalmogomphus falcatus Chao, 1990
Scalmogomphus guizhouensis Zhou & Li, 2000
Scalmogomphus schmidti (Fraser, 1937)
            Onychogomphus schmidti Fraser, 1937
Scalmogomphus wenshanensis Zhou, Zhou & Lu, 2005 命日
                       Paulson&Schorr (2022)などより

 オランダのTom Kompierさんのブログ 「Dragonflies and damselflies of Vietnam」 によると、ベトナムからは Scalmogomphus bistrigatus と S. guizhouensis の他に1、2種がみられるようです。Scalmogomphus の分類はサナエトンボのなかでも難しく、胸部の斑紋も同一産地内で変化があって、さらに顕微鏡による尾部付属器や交尾器での確認が必要となります。これとてはたして本当なのかと、自信が持てません。そもそもこの属はもともとあったOnychogomphus 属から、時同じく新たに新設されたPhaenandrogomphus や Nychogomphus属とともに分かれたもので、形態はそれらのサナエと酷似しています。
 Scalmogomphus の識別は原記載の図と照らし合わせしなくてはならず、文献探しに手間がかかります。以下にそれぞれの種における図を載せます。朝比奈先生は Onychogomphus bistrigatus (まだScalmogomphus 属に変更される以前の)の分類学的混乱を1988年の月刊むしNo209に書いています。そしてこの中にbistrigatus 、schmidti の♂♀さらに当時まだ未知であったdingavaniの♀の図が付いています。驚かされるのは、このdingavaniの♀シュミットコレクション(ドイツのトンボの権威シュミット博士の死後、コレクションを朝比奈先生が譲り受け、現在はつくばの科博に入っています)の中から見出したことです。dingavani はFraserが1924年にビルマから♂を記載したもので、良くその♀だとわかったものだと感心せずにはいられません。
 なお後日、Chao博士によってこのdingavani は新設の Phaenandrogomphus 属に移されたのですが、2019年発行の巨大中国トンボ大図鑑では Scalmogomphus 属として扱われています!この経緯・処置については分かりませんでした。Scalmogomphus 属は♂のペニスの形状が特異で上下2つに分かれた、横からみるとワニの頭のカッコウに見えます。
 そこで以前採集したラオス産の dingavani と思われるサナエを引っ張り出して改めてそのペニスを見たところ、何とScalmogomphus 属そのものであることが分かりました。巨大中国トンボ大図鑑の著者 Haomiao博士(とても若い)は中国産 dingavani のペニスを観察しての結果から Scalmogomphus 属に含めたのに違いありません。
 残る3種はいずれも中国南西部から記録された種です。S. falcatus は四川省成都の西パンダの保護区で有名な宝興県から得られた1♂で記載されました。S. guizhouensis は雲南省昆明市の北西、大理白族自治州内で得られ、タイプ以外にも数頭の標本が存在するようです。最後にS. wenshanensis は雲南省文山チワン族ミャオ族自治州から得られた種です。
                                                         
                                       
bistrigatus と schmidti: 朝比奈正二郎(1988)月刊むし, 209:11-17.
                                              wenshanensis: Zhou & Li (2000) Entomotaxonomia, 27:1-4.
                                              falcatus: Zhao (1990) The Gomphid Dragonflies of China, 486pp. Fujian.
                                              guizhouensis: (2000) Wuyi Science Journal, 16:16:18-21. より図を転載した.

つづく



































No way I'm catching any dragonflies in this dark! 「ラクサオ Stylurus amicusの巻」

  インドシナ半島での Stylurus 属はベトナムから知られている程度であったのかなと思います。すでにベトナムからは S . clathratus が報告されていて、この他にも1種の不明種が記録されているようです。Tom Kompier 氏によれば 最近  Stylur...