2024年6月6日木曜日

Phonsavan近郊のトンボ (2)

 2 Phonsavan へ転戦

 サラサヤンマや Megalestes の採集や生態の観察等、概ね目的を達成した私たちは、その後プーサムスンの天候は回復しないと判断し、Phonsavan 近郊の川でトンボの採集と撮影をおこなうことにしました。
 Phonsavan はプーサムスンから西に約70km離れおり、私たちはこれまで周辺の2,3の河川を調べていて、なかでもPhansavan西部丘陵地を流れる小河川には足しげく通って大まかなトンボ相を把握していました。しかし、これは4、5月の連休中のことで、下旬の状況は全く分かりません。ラオスで半旬違うと見られるトンボはかなり異なることがこれまでの経験で分かっていますから、場合によってはすっかり入れ替わっている可能性があります。

 第1日目。どんよりとした雲行きの中、プーサムスンのベース宿泊地としてきた Khoun の町を朝出発しました。毎度、お決まりのように今にも雨が降ってきそうです。ミーさんは「大丈夫!」と言います。反射的に私は「どこが」と曇天の空を見上げて内心つぶやくのでした。案の定、現地到着時には小雨が降りだしました。「どこが大丈夫だよ」と、雨雲を恨めしく見上げました。雨が続き大分精神的に壊れてきたようです。
 ところが、車の荷台に座ってバナナを食べていると次第に雨がやみ、みるみる薄日がさしこんできたではありませんか!今度は「ミーさんの言うとおりだ!」と。我ながら現金なものです。早速川に降りてみると、かかなり濁っています。こりゃダメかなと思った瞬間、川面を多数のMacromia が飛び回っているのに気が付きました。凄い数です。川の濁りなど介する様子もなく、♂同士の乱戦、そしてその間をつくように♀の産卵がいっぺんに起きています。早速採集してみます。M. flavocoloreta です。
                                  

                          川面を活発にパトロールする M. flavocolorata ♂( 22/05/2024 宮畑年弘撮影 )
 
 川には牛が侵入しないように柵が作られていて、よくよく観察していると多くの Macromia は一番岸よりの柵の目を潜り抜けて上流に飛んで行く事に気が付きました。早速ミーさんが即席の置き網を考案して柵に設置してみました。これ当たり!面白いように次々に Macromia が網の中に入ります。数分で5頭の flavocolorata と2頭の Paragomphus が捕獲できました。
                 
                 
                              即席Macromiaホイホイ、これは面白い

 しばらく、Macromia を観察していると飛び回っているもののほとんどがflavocololata で、ごく少数 cupricincta と moorei が混じっていることがわかりました。4月下旬に多かった calliopekatae vangviengensis 等のMacromiaの姿はありませんでした。ここでは大型のサナエ類も見ましたが、高速で飛び去るものが多く種類は分かりませんでした。
   時折小雨が降り出し、その都度、車に戻って雨宿りです。こうしたことを繰り返している内に、いつの間にか時間は3時になってしまいました。
 500m ほど上流に行ったところで、砂地の河原に出ました。リュックザックを下ろし、ミーさんと一服していると、川面を何かのトンボがホバリングしています。時間はすでに4:30を回っています。ちょうど日陰になった場所で、トンボは川岸が崖になった方向を向いて盛んに位置を変えながらホバリングを続けています。近づいてようやくそれがヤンマで、しかも Periaeschna であることが分かりました。早速撮影に取りかかります。が!ストロボの電池切れ。あーあ。ストロボなしで撮影。うまく撮れませんでした。直後いきなり猛烈な雨が降って来て、たまらなく急いで撤退。今日はこれにて終了、残念!

                                                                                                      
                       上流はなかなかいい感じ
    
                  Periaeschna が飛ぶ場所右手が崖で♀が産卵に来る 
                          
                             これが限界。もうちょっと接近できたら....

 第2日目。この日は薄日が差す程度で、まあまあの天気。いつもの食堂で「カピヨ(米粉のうどん風フー)」で腹ごしらえして出発!
 現地に9時着。はやる気持ちを抑え川へ降りたものの何も飛んでいません。あれ?、宮畑さんと、どうしたんだろうと話しながら上流へ。川の濁りはほとんど気にならないほど澄んでいます。少し進むと川岸で羽化中のトンボが次々に飛びだします。Idionyx が止まっています。尾部付属器背面に突起がありません。thailandica です。
                  
     羽化した Idionyx thailandica

 次々に羽化個体が飛び出します。中でもヤマイトトンボの仲間 Protostictaがとても多いのが印象的です。このトンボは普通、鬱蒼とした源流域の細い流れ周辺で見られます。このような場所で繁殖活動するのかとても不思議です。少なくとも3種が、それぞれ異なる岸部でまとまって羽化しています。大水で流されてきたのかなあ?
 この時期にRhinagrion hainanensis も大量に羽化中です。最初、何の種類だか分かりませんでした。ラオスでは連休中に多いトンボで、ここ標高1000mだと今頃が発生期なんですね。
                     
                 ヤマイトトンボを撮影中の宮畑さん
                          
                                   Protosticta sp. 暗くて何だか分からん
                         
                           羽化間もない 
Rhinagrion hainanensisの♂♀
 
 さらに進むと、今度は見慣れぬルリモントンボを見つけました。前胸部のるり色の斑紋の形は独特で、この地方に多い Coeliccia loogali に似ますが、腹部先端が鮮やかな黄色で、腹部全体が黒色の loogali とは異なります。数は少なく、確認のために採取を試みますが、枝が邪魔をして大口径のネットでは捕えることができません。こんなことをしている内に陽はどんどん昇り、Megalogomphus sommeriGomphidia kruegeri さらにMerogomphus paviei などの大型のサナエが川面へ張り出した枝や葉上に飛来するようになりました。時折、大型のヤンマ Tetracanthagyna waterhousei ♀もバタバタと産卵のために樹上を飛び回ります(不思議なヤンマで、決して川岸や川の内部に横たわる倒木には産卵しません。川岸から離れた樹木の枯死部分や岸部から4,5mも離れた倒木などに産卵します。中には数mもの高さがある樹の枯死部分に産卵するのを目撃しました)しかし、概して4,5月の連休時期に比べて、見られるトンボの種類や数は少ないように思いました。
                      
                          
                 
種名が分からないルリモントンボの1種(上が未熟 23/05/2024 宮畑年弘撮影)
                                                                             
                                                                          
                        枝先に定位する Gomphidia kruegeriの♂と産卵飛翔する♀(23/05/2024 宮畑年弘撮影)
                         
               Gomphidia kruegeriの交尾 (同)
                         
                   Merogomphus paviei の♂

 午後遅くなると、いよいよ例の periaeschna が飛び出します。やはり前日と同じ、4:30になると川面で次々と縄張りを張る♂が現れます。縄張りは1,2メートル四方で、ほとんど一定場所にとどまって、ホバリングを続けます。ホバリングをするトンボは多いですが、この Periaeschna は本当に空中の1点でピタリと静止して動きません。驚くべき飛翔能力です。♂の頭はやはりどの個体も川岸を向いています。♀がこの方向にやってくるのを知っているのでしょうか?あまり他個体との干渉は強くなく、すぐとなりで他のオスが飛んでいても気にならないようです。
 一方♀は岸が崖状になって土が露出した場所に好んで飛来して、ホバリング気味にゆっくり移動しながら産卵場所を選びます。気に入った場所が見つかるといきなりベタッと着地して土の中に産卵を行います。
                  
                     
                     
               縄張り主張する Periaescha (23/05/2024 宮畑年弘撮影)
 
 さらに夕暮れ近くなると、いよいよ Macromidia が飛び出します。まだ明るい時間帯にも飛ばなくはないのですが、多くは周囲がかなり暗くなってから活発に活動します。この川ではこれまで Macromiaia genialis しか得られていませんでしたが、今回は宮畑さんが M. rapida の素晴らしい写真をものにして、この川にも2種類の Macromidia が居ることが分かりました。今回の写真はいずれも同じ場所で撮られたそうで、砂礫層の河床が浸る程度の水深しかない細流の上を往復飛翔していた個体だそうです。 
                     
       Macromidia genialis♂  (23/05/2024 宮畑年弘撮影) 前胸部の黄色斑紋がやけに小さい
                  
                          
                      Macromidia rapida ♂ 
(23/05/2024 宮畑年弘撮影)

また、同所ではこれも記録が無かった、Philoganga robusta (写真からは何とも言えないところがあるのですが、多分これだろうと)を撮影することに成功しました。夕暮れに活発に活動して枝から枝へと飛び移るのだそうです。そういえば Lonsan の渓流でも夕方、意外に早く飛ぶ本種に驚いたことがありましたっけ。
                     
                      
Philoganga robusta♂ (宮畑年弘撮影) 
 
 いよいよ陽が落ち、あたりが暗く成って来た頃、上流で私は今日こそ、黄昏に多数のヤンマが乱れ飛ぶと予想して、いかにも飛びそうな場所で待ち構えていましたが、あれだけ多数いたはずの Periaeschna は1匹も飛ばず、またそのほかのトンボも飛ぶことはありませんでした。ラオスで黄昏採集を行っても日本のようには上手くいくことは殆どありません。とにかく飛ばないのです。何でだろう?
 フト、下流から何やらすごい勢いでとんでくる影に気が付きました。とっさに網を振ると奇跡的にガサガサとトンボが網に絡まりました。覗き込むと何とミナミヤンマの一種のNeorogomphus yokoii であることが分かりました。なーんでこんなのいんの?生息環境がまったく異なるはずのトンボが多数同時に見られるこの砂地の穏やかな流れの川は、いったいどうなっているのだろうと、ミナミヤンマを手にして暫く考えていました。
 私がこのようなことに思いを巡らしていた時、下流では宮畑さん、ミーさんたちが大騒ぎしていました。例の柵の下流で数頭の大型サナエである Macrogonphus がMacromia に混じって飛んでいたのです。宮畑さんは成田のホテルで前泊した時以来、今回の旅行の中でも Macrogomphus をぜひ撮りたい、「横井さん、ホバリングしてるとこ、今回撮れる?」と何百回と聞かされて、その都度、つれなく「標高が1000m以上だからいません!」と答えると、宮畑さんは決まって「横井さんひどいこと言わんといて」と。このフレーズが何百回も繰り返されてきたとです。しかし、こうして可能性はたとえ0%であっても、願い続けることは奇跡を起こすことを私は宮畑さんを通じて今回学びました。黄昏をあきらめて下流に戻ろうとした時、大声で騒ぐ宮畑さんとミーさんの声がしました。急いで駆けつけると、宮畑さんの「おった、おった、よーし!あれ、どこ行った?」そしてミーさんが「そっちだ。こっちにいる」と叫びあっていました。絶対いるはずがないと思っていたMacrogomphus が多数飛んだのです!奇跡です。
 宮畑さんが撮りたくて撮りたくてたまらなかった Macrogomphus matsukii(同じくラオスで得られた borikhanensis のシノニムとする向きもあります)がついに夢かなって現実として彼の前に現れたからたまりません。彼らの狂喜乱舞する姿はこの川での採集・撮影行の最後を飾るにふさわしい情景でした。
                   
                    
                    
         Macrogomphus mastukii ♂の黄昏飛翔 (23/05/2024 宮畑年弘撮影)
     
  


                               
                         

 










 






Phu Sumsum の Anotogaster

Phu Sumsum   のオニヤンマ  先のページでも触れましたが、ラオスのオニヤンマはなかなか得難いトンボです。これまで、 gigantica , gregoryi , klossi  1) そして chaoi  2) の記録がありますが、得られた個体は僅かで、生息地も数...