2024年5月30日木曜日

Sarasaeschna yoshitomii を求めて再び Phu Samsum へ (1)

1 プーサムスン、サラサヤンマ編

                                   プーサムスンを望む 一番奥の峰がそれ (クリックすると拡大されます)

 3月に3種類のサラサヤンマを発見し、内2種は新種である可能性が高かったことに気を良くした私たちの眼は、おのずとラオス中部の高峰プーサムスンの湿地から記載された Sarasaeschna yoshitomii に向けられることになりました。
 このプーサムスンという山は、この山一帯でしか得られないようなトンボが多く、早くから訪れてはいたのですがほとんど晴れた日が無かったという、特に私にとってこの山はいわゆる鬼門というべき方角になっているのでしょう。この3月にも行きましたが全くの雨で何も得られず、いつもの落胆ばかり。しかしそうなることが分かっていても、毎回訪れるのは当たれば千金、何が採れるか全く分からない一種の賭けのようなものがあって、結局それに魅かれるのかも知れません。
 今回は5月中旬に再挑戦しました。いつものメンバーであるトシちゃんは都合でとうしも参加できませんでした。また、ラオスのシュワ君も大学の講座のレポート作成で来れないということで、私と宮畑年弘さん、そしてミーさんの3人だけの少し寂しい探索隊となりました。
    
               サラサヤンマが生息している湿地

 目的地のプーサムスンのサラサヤンマが生息する湿地にはヴィエンチャンを出発してから麓で一泊して翌日の9時に到着しました。前年6月には発生が終わっていたらしく、その姿を見ることはありませんでした。はやる気持ちを抑えて湿地に足を踏み入れます。「どれどれいるかなあ」、しかし天気は珍しく良いにもかかわらず、何も飛んでいません。もっともサラサは昼近くなると現れるので多分これからなのだろうと、不安ながら湿地で待つことになりました。10:30を回ったあたりでミーさんが奇声を上げました。駆けつけると♀を採集しているではないですか!「どこに居た!」、殺気立った私の表情に驚いた様子の彼は湿地の一角を指さしました。それは日陰がない湿地内部の水溜まり脇の水草がまばらに生え、地被類が地表を覆った場所でした。
 3月の S. minuta?( Asahina (1986) の原記載における尾部付属器と少し異なるので、科博のタイプと照合する必要があるかもしれません)の生息地での産卵や♀の飛翔個体の目撃は、全て鬱蒼とした森の中の流れ脇や薄暗いブッシュの中でしたから、S.  yoshitomii はこれとは全く異なる生態であることが分かります。ちなみに本種の♀はまだ未記載でこの個体が初記録だと思われます。
                     
      Sarasaeschna yoshitomii ♀

 その後新たな♀の飛来を待ち続けましたが追加できませんでした。一方♂は♀が来たことで、わんさかと出て来るものと今か今と待ち続けましたが、ようやく11時半ごろ、湿地の縁を歩いていた宮畑さんが湿地の上を1頭がホバリングしているのを発見しました。このサラサも小さい!4m×2mほどの狭い空間を結構長い時間ホバリングを交え、活発に飛翔しています。止まる気配はありません。他の場所でもと思い、湿地の奥の疎林に向かいましたが新たな個体は見つかりませんでした。
                     




                            Sarasaeschna yoshitomii (18/05/2024 宮畑年弘撮影 クリックすると拡大します)

 そのうちに曇って、霧雨が降ってきました。これ以上は無理と山を下り、以前オニヤンマやミナミヤンマの幼虫が捕れた麓の沢へ移動しました。麓に下ると天候は上々、まあ、いつもこんなもんです。目的の小さな沢には残念ながらオニヤンマの姿は無く、しかもまだ終齢幼虫がたくさんいることから、成虫出現は6月下旬から7月なのでは?シェンクワン県の北部には A. gigantica と gregoryi が生息していますが、ここプーサムスンは県の南端に当たり山塊も独立しているためその種類には興味が持たれます。
 翌日も午前中、湿地に上がってサラサヤンマを狙います。昨日よりも晴れ間が多く期待が高まります。10時過ぎにやっと1頭目の♂が湿地から離れた林縁部でホバリングしているのを確認しました。やはり小型、地色が黒でフォンサバン周辺のサラサとは雰囲気が違います。一回の飛翔は長く、やや日本のサラサヤンマに飛び方が似ています。この日は昨日と違って、約10頭の♂が次々に現れ皆同様に湿地脇の林に接した空間を飛びました。湿地内部で飛翔する個体は確認できませんでした。いずれの個体も若く、発生はこれからだと思われました。一方♀はとうとう見ることはできませんでした。また、陽が陰るといつの間にかいなくなってしまいます。付近を探しましたが見つかりませんでした。昼すぎからまた雨、撤退です。あーあこれからなのになあ。山を下りムガンの村はずれの沢に向かいます。
                                                           
                                                       プーサムスンの麓にあるムガンの遠望
     
 宮畑さんは流れの開けた場所でカワトンボ類の撮影を行い、私とミーさんは上流へと向かいました。標高は1200mぐらいです。渓流が完全に樹林帯に入り薄暗くなった時、脇のブッシュから大きなトンボが飛び出して地面にガのように落ちて動かなくなりました。あわてて手で押さえ見てみると Petaliaeschna の♀であることが分かりました。しかし、この♀ずいぶんでかい!ラオスからは Petaliaeschna flavipes の記録がありますが、これはカトリヤンマぐらいの大きさのヤンマで、今回の♀とは大きさが明らかに違いすぎました。この属は5種から成っていて、恐らくそのうちの1種であろうと思うのですが。この沢ではサナエ類がほとんど見られず、わずかにMattigomphus sp. の若い個体を複数得たにとどまりました。 
                     
                                                                         Petaliaeschna sp,

                        Mattigomphus sp.

 3日目、朝から湿地は雨。待っていてもしょうがないのでさらに標高2000mの峠へ向かいます。一方、宮畑さんは昨日の山麓にある渓流で巨大カワトンボ Archineura hetaerinoides の交尾と産卵を撮影するために別行動になりました。一人寂しくムガンの原野にとり残された宮畑さんは、「何だ、俺たちの縄張りに勝手に入って」とばかりに詰め寄る水牛の群れに恐怖しながら、お昼まで頑張って多くのトンボを撮影しました。以下にその一部を掲載します。
             Archineura hetaerinoides ♂ (18/05/2024 宮畑年弘撮影)
                                                                           
                                                               同 ♀
                          
                 Macromia moore ♂ 
 ( 20/05/2024 宮畑年弘撮影) 
                                                                              
                                                        Lamelligomphus
 sp ( 20/05/2024 宮畑年弘撮影) 
                                                                             
                                                       Anisopleura sp. (20/05/2024 宮畑年弘撮影
 
 この小さな渓流には多くのArchineura hetaerinoides が見られます。宮畑さんは延1日早朝から夕刻まで張り付いて観察していましたが、交尾、産卵をする個体は1匹もいませんでした。不思議です。本種の発生時期は当地で3月上旬ですから、未熟ではないのです。もしかすると交尾産卵は下流、あるいは本流でおこなうのでは?と。
 Macromia moorei はシェンクワン県では広く山地帯に見られます。♀の産卵は一般的には河川岸部の流れがやや緩やかになった部分に打水して産卵しますが、これまで、トゲオトンボやルリモントンボが見られるような薄暗い源流域、河川脇の岩の上に溜まった水溜まりさらに渓流脇の湿地で産卵を観察したことがあり、その産卵選択性は極めて広いと感じます。
  Lamelligomphus sp. がいたのには驚きました。この標高(1300m)でもいるなら、かなり広範囲に分布しているものと思われます。Lamelligomphus 属は分類屋泣かせのトンボです。しっかり尾部付属器を実体顕微鏡で覗かないと区別がつかない種が多いのです。今回の写真からでは種の同定は困難です。
 Anisopleura sp. これも厄介です。あまり興味がないこともあって、まだ同定していないラオス産の種類が少し残ってます。一般には山地の鬱蒼した樹林帯の中を流れる河川の石に止まっていることが多いのですが、今回の個体も薄暗い流れの中の石に静止していましたが、敏感ですぐに樹上にあがってしまったそうです。プーサムスンの周辺部からも記録されていますが、同じものかは判断がつきませんでした。
  一方、私は気が付かなかったのですが、宮畑さんがこれ違うよ!と教えてくれたのがこのハナダカトンボ。なるほど、確かに翅の色が青い。 
                                                           
                                                             
                                                               
                                                             
                               やはり見たことがないハナダカ なんだろ?( 20/05/2024 宮畑年弘撮影)
                                          
 一方、峠一帯にはガスが濃く、採集にはどうかなと思われるほどでしたが、しばらくすると薄日が差す程度になってきました。かつて峠付近には小規模の湿地が点在していて、珍種の Mesopodagrion がみられました。ただ、ここ数年環境が変化していて、はたしてまだ生息しているかどうかというのも今回の探索目的でもありました。
                    
                  森の奥に向かって進む

                 
峠周辺に多数見られる源頭部
                                                                                                     
 小雨、時折薄日射す山道を歩きます。しばらく進むと突然ミーさんが私を手招きします。Megalestes です。何と細流脇の葉の上に翅を広げて静止しているではありませんか!この種は樹木の下枝などにぶら下がっている姿しか見たことがありません。この様に翅を開いて細流脇に降りて、配偶行動を行う姿は初めて見ました。そばにはやはり樹上から降りてきた Calphaea の一種も止まっています。慌ててカメラを向けた瞬間、飛び立ってしまいました。残念!さらに別な場所でも同様の行動を観察しました。どうもカワトンボ類のように細流で♀を待ち伏せして交尾するようです。てっきり、樹林の中の小池の脇で配偶行動がおこなわれているものと思っていました。写真は撮れていないと思っていたのですが、ピンボケが1枚撮れていました。その後小雨となり追加観察することは出来ず、また以前周辺で記録していたサナエ類も残念ながら見ることは出来ませんでした。期待していた Mesopodagrion は湿地様環境が少し残っていましたので晴れていれば見れたものと思います。
                    
        ピンボケご容赦 流れの脇の葉の上で止まって♀を待つ?Megalestes micans♂
                      
             Megalestes が見られるプーサムスンの源流域の景観
                          
              源頭部のながれの脇の灌木にひっそりと止まるMegalestes micans
                                                                              
                                                          記念写真 はいチーズ
              
  We visited Phu Samsum in Central Laos in search of Sarasaeschna Yoshitomii in late May 2024.  
  The dragonfly lived in a bright wetland at an altitude of 1800m, and flew around noon. ♂ had a territory of about 3 to 5m square and flew for a long time with hovering. This time, I collected ♀ for the first time and posted the photo.







Phu Sumsum の Anotogaster

Phu Sumsum   のオニヤンマ  先のページでも触れましたが、ラオスのオニヤンマはなかなか得難いトンボです。これまで、 gigantica , gregoryi , klossi  1) そして chaoi  2) の記録がありますが、得られた個体は僅かで、生息地も数...