2023年11月28日火曜日

Laos の Devadatta 属(1)

  Devadattidae 科は1属13種から成る東南アジア特産の非常に興味深いトンボです。これまでは Amphipterygidae (ムカシカワトンボ)科に含まれていましたが、最近、Dijkstra et al.( 2014)が、Devadatta 属のミトコンドリアおよび核 DNA を解析したところ、Amphipterygidae 科と異なることを見出したため、新たに Devadattidae 科を起こし、そこへ Devadatta 属を移した経緯があります。
 Devadatta 属の各種をみてみると大まかにargyoides 、ducatrix および glaucinotata の3つのグループに分けることができます。
 argyoides グループはインドシナ半島、東南アジア島嶼域に広く分布し、特にボルネオ島を主に全部で9種が知られています。体色は胸部と腹部が黒および褐色、各腹節に明るい茶色の環状紋を呈する特徴があります。
 これに対してducatrix グループはベトナムとラオスのみから3種が知られています。それぞれの胸部、腹部とも黒色で、♂の腹部各節に環状紋は殆ど見られず、♀にわずかにやや青みがかった白い斑紋が痕跡程度に認められます。翅のつま黒は他のグループの種よりも、より明瞭で面積が大きくなります。
 最後の glaucinotata グループは今のところラオス特産種の(他に2種未記載種があります)から成ります。このグループの特徴は胸部は黒、側面の大部分が青白色~明るい灰色であることです。腹部は黒で環状紋はなく、各節基部側面に消失ぎみに小さな灰色の斑紋を持ちます。

 DEVADATTIDAE

Devadatta Kirby, 1890

Devadatta aran Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015          Borneo       

Devadatta argyoides (Selys, 1859)               Hongkong, Indonesia, Singapore, Thai

          Tetranevra argyoides Selys, 1859

          Syn Devadatta argyoides tiomanensis Laidlaw, 1934

Devadatta basilanensis Laidlaw, 1934                            Philippines

    Syn Devadatta filipina Needham & Gyger, 1939

Devadatta clavicauda Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015   Borneo 

Devadatta cyanocephala Hämäläinen, Sasamoto & Karube, 2006   Laos, Vietnam

Devadatta ducatrix Lieftinck, 1969                                 Vietnam

Devadatta glaucinotata Sasamoto, 2003                         Laos       

Devadatta kompieri Phan, Sasamoto & Hayashi, 2015      Vietnam

Devadatta multinervosa Fraser, 1933                              Laos

Devadatta podolestoides Laidlaw, 1934                           Brunei, Indonesia, Malaysia

Devadatta somoh Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015       Borneo

Devadatta tanduk Dow, Hämäläinen & Stokvis, 2015       Borneo

Devadatta yokoii Phan, Sasamoto & Hayashi, 2015   Laos

 多くの種の生息地は薄暗い源流域に限られており、ラオスではなかなか目にする機会がありません。それでも現在まで 4種(上の一覧中の赤)が知られています。このうち D.  multinervosa は、Fraser が記載に用いた未熟の♂しか知られておらず、実体は良く分かりません、大英博物館のライブラリーにこの標本が公開されていますので(下写真)、それを見ると、記載にあるとおり頭部の上唇、さらには額にかけても青色が認められます(メタリックな感じもしないでも。また腹部側面に明るい斑紋が認められます。記載では胸部の縫合線に沿って明るい筋状の紋も記述されています。さらに採集地の Pu Tat の近くでは cyanocephala が得られていることから、もしかしたら cyanocephala そのものか、あるいはそれに類似した種ではないかと推察されます。



Devadatta multinervosa Fraser, 1933 Holotype
British museum natural history type specimen collection より

 最初にducatrix グループ内の3種について、Phan et al. (2015) の記載を基に識別していきたいと思います。この中の D. yokoii は1998 年に、ラオス中部のVangvieng 近くの渓流で筆者が採集した標本を基に記載されました。
 当時のVangvieng はまだ電気も来ておらず、街並みもまだベトナム戦争時代に作られたアメリカ軍の航空基地の滑走路に沿ってつくられていていました。当然周辺にはアメリカ軍に協力していたモン族の人たちがまだ多く住んでいて、一部が政府に対してゲリラ闘争をしばしば起こしていました。私が通った渓流には街はずれの国道13号線の橋から、川沿いの小道を入っていくのですが、この橋の下は砂地で浅く、ヤゴの採集に打って付けの場所で、周辺の子供たちも手伝ってくれてヤゴ採りをしたこともありました。ある年、私たちが訪れた翌月、路線バスがこの橋の上でゲリラの襲撃にあい、多くの乗客とサイクリング中の複数の欧米人が命を落としました。さらに同時期に同じ川で、自動小銃で武装した10人ぐらいの集団にバッタリ鉢合わせしたことがって、一見してゲリラだと分かりました。彼らは政府軍の服装はしておらず、農民のような服装でサンダル履きの人もいました。なりより全員アメリカ軍のM16自動小銃を携行していたからです。まあ、これ以後のことをここで書くわけにはいきませんが、当時は結構危なかった情勢だったのです。

 1 ducatrix グループ
                   
                    Devadatta yokoii  Vang Vieng 産



     ducatrix グループ3種の違い
       翅形の比較
      
          
       尾部付属器の比較

                                                                                   Phan et al. (2015) より


 個々に違いを述べていては分かりずらくなるので、表にまとめました。尾部付属器の違いは上の図のとおり、それぞれ明瞭ですが、現場での識別点となるとかなり難しいように思います。翅のつま黒の大きさや、縁紋の大きさで大体識別が可能とは思いますが、どうしても尾部付属器の違いで確かめたいなら、倍率の大きなルーペは必携だと思います。
 現在ラオスからはD. yokoii のみが記録されていますが、調査がほとんどされていないベトナム国境付近のアンナン山脈西麓部、特に北部地域からは他の2種、あるいはさらなる種が記録されるかもしれません。
   D. yokoii の生態は全く分かっていません。採集した個体は暗く日が射しこまない狭い渓流脇から突き出た枯れ枝に止まっていて、近づいても飛び立つ気配はありませんでした。流れが小さな段差になった場所に朽ちた倒木があって、その周辺のみに数個体(♂)が見られたので、こうした倒木に♀が産卵に来るのかもしれません。

  
つづく














































































Phu Sumsum の Anotogaster

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