2022年12月1日木曜日

Laos の Scalmogomphus属

はじめに
 ラオス北部の山岳地帯に棲む Scalmogomphus属のサナエトンボとの初めての出会いは、数年前、Calopteryx laosicaを求めラオスの奥地、シェンクワン県フォンサバン北部に分け入った山中でした。発生時期は遅く、秋の色が濃く(ラオスでもある)なった、9月中旬でした。
 しかし、その後コロナ発生でラオスに渡ることができず、このトンボの生態をさらに観察することは出来なくなってしまいました。すでに日本のトンボに熱中できるほど興味はなくなってしまい、写真もいまいちで気力が萎えていました。そして追い打ちをかけるようにラオスの無二の親友の死。しばらく放心状態で未整理の標本を見る気力もなくなってしまいました。しかし、友人と一緒にいつも採集に同行してくれていた運転担当の友人ミーさんが、連絡をくれるようになって励ましてくれました。そして次第にラオスの方向を向けるようになりました。
 気を取り直して最後に友人と行ったフォンサバンの山で採集した標本を見てみることにしました。標本を見ていると次々にその時の友人との情景がよみがえりました。彼が採ったScalmogomphus が入った三角紙を広げぼーと見ていると、何か違和感があって、あらためて良く観察してみると何と少なくとも3種類のScalmogomphus が入っていることが分かりました。彼からの最後のプレゼントだったのかも知れません。
 
 Scalmogomphus 属はインド北部, ネパール, ブータン, 中国ならびにベトナムに分布する山地性のサナエトンボです。各地から6種が記載されていています。
Scalmogomphus 属 の一覧
Scalmogomphus Chao, 1990
Scalmogomphus bistrigatus (Hagen in Selys, 1854)
            Gomphus bistrigatus Hagen in Selys, 1854
            Syn Onychogomphus m-flavum Selys, 1894 
            Syn Onychogomphus garhwalicus Singh & Baijal, 1954
Scalmogomphus dingavani (Fraser, 1924)
Scalmogomphus falcatus Chao, 1990
Scalmogomphus guizhouensis Zhou & Li, 2000
Scalmogomphus schmidti (Fraser, 1937)
            Onychogomphus schmidti Fraser, 1937
Scalmogomphus wenshanensis Zhou, Zhou & Lu, 2005 命日
                       Paulson&Schorr (2022)などより

 オランダのTom Kompierさんのブログ 「Dragonflies and damselflies of Vietnam」 によると、ベトナムからは Scalmogomphus bistrigatus と S. guizhouensis の他に1、2種がみられるようです。Scalmogomphus の分類はサナエトンボのなかでも難しく、胸部の斑紋も同一産地内で変化があって、さらに顕微鏡による尾部付属器や交尾器での確認が必要となります。これとてはたして本当なのかと、自信が持てません。そもそもこの属はもともとあったOnychogomphus 属から、時同じく新たに新設されたPhaenandrogomphus や Nychogomphus属とともに分かれたもので、形態はそれらのサナエと酷似しています。
 Scalmogomphus の識別は原記載の図と照らし合わせしなくてはならず、文献探しに手間がかかります。以下にそれぞれの種における図を載せます。朝比奈先生は Onychogomphus bistrigatus (まだScalmogomphus 属に変更される以前の)の分類学的混乱を1988年の月刊むしNo209に書いています。そしてこの中にbistrigatus 、schmidti の♂♀さらに当時まだ未知であったdingavaniの♀の図が付いています。驚かされるのは、このdingavaniの♀シュミットコレクション(ドイツのトンボの権威シュミット博士の死後、コレクションを朝比奈先生が譲り受け、現在はつくばの科博に入っています)の中から見出したことです。dingavani はFraserが1924年にビルマから♂を記載したもので、良くその♀だとわかったものだと感心せずにはいられません。
 なお後日、Chao博士によってこのdingavani は新設の Phaenandrogomphus 属に移されたのですが、2019年発行の巨大中国トンボ大図鑑では Scalmogomphus 属として扱われています!この経緯・処置については分かりませんでした。Scalmogomphus 属は♂のペニスの形状が特異で上下2つに分かれた、横からみるとワニの頭のカッコウに見えます。
 そこで以前採集したラオス産の dingavani と思われるサナエを引っ張り出して改めてそのペニスを見たところ、何とScalmogomphus 属そのものであることが分かりました。巨大中国トンボ大図鑑の著者 Haomiao博士(とても若い)は中国産 dingavani のペニスを観察しての結果から Scalmogomphus 属に含めたのに違いありません。
 残る3種はいずれも中国南西部から記録された種です。S. falcatus は四川省成都の西パンダの保護区で有名な宝興県から得られた1♂で記載されました。S. guizhouensis は雲南省昆明市の北西、大理白族自治州内で得られ、タイプ以外にも数頭の標本が存在するようです。最後にS. wenshanensis は雲南省文山チワン族ミャオ族自治州から得られた種です。
                                                         
                                       
bistrigatus と schmidti: 朝比奈正二郎(1988)月刊むし, 209:11-17.
                                              wenshanensis: Zhou & Li (2000) Entomotaxonomia, 27:1-4.
                                              falcatus: Zhao (1990) The Gomphid Dragonflies of China, 486pp. Fujian.
                                              guizhouensis: (2000) Wuyi Science Journal, 16:16:18-21. より図を転載した.

つづく



































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